第1話：カニカマの夜に生まれしもの🦀 夜のスーパーに並ぶカニカマは、静かに、けれども確実に、この星の未来を変える予感に満ちていた。 それを知っていたのは、ただひとり。 「私の名は――カニカマリア。カニカマ星第二王族、練り物継承者、地球潜伏歴五年目。趣味は蒸し練り観察、特技はカニカマ成分の思念同調……あと、最近は味噌汁に入れるのも好きですの」 彼女は唐突に自己紹介を始めた。誰もいない控え室で、鏡に向かって。 真剣そのものの目をして、髪を一房、毛先から手櫛でなぞる。 朱色に染まったその髪は、まるで本物のカニカマのようなグラデーション。 根元は清らかな白。毛先に向かって、しっとりとした赤みが差す。 「うふふ、今日も……絶好のカニカマ日和ですわねぇ🦀✨」 カニカマリアは小さくつぶやいた後、袖を正す。 白を基調に赤のラインが走った、どこか和装めいた作業服。 ヘアピンには、カニカマ模様が刻まれている。よく見ると、刺繍に「念写防止」の文字。用途は不明。 彼女が働くのは、町の端にある小さな練り物工場「ナガサワ水産加工所」。 地元のスーパーにも出荷している、やや老舗めいたその場所は、日中は人々の笑い声とカニカマの香りに満ちている。 だが――深夜、カニカマリアが一人になると、空気は変わる。 冷却室の温度は5.2℃。彼女の肌にはちょうどよい。 なにせ、彼女の血はほぼ“でん粉質”なのだから。 「カニカマ……来なさい。情報を、わたくしに寄越すのです……カニカマカマ……」 震える声で、彼女はカニカマパックに手を伸ばす。 ツンとくる磯の香りが彼女の鼻をくすぐり、琥珀色の瞳が細められる。 その瞬間―― 彼女の脳内に、一陣の赤い閃光が走った🌠 視界が歪み、細胞レベルで何かが書き換わる感覚。 彼女の記憶に、未知の設計図が流れ込んできた。 それは―― 銀河コードで記された「カニカマ号」の断片だった。 あの、遥か昔に失われたはずの、帰還船の設計思想。 「カニカマッ！？これは……！！」 膝から崩れ落ちるカニカマリア。冷蔵庫の前で、彼女は震えた。 久しぶりに聞いた、あの星の記憶。あの、やさしい音。 カニカマ星の中心で響いていた“練り物祈祷音”。 「でもなぜ……なぜ今、ここに……？」 彼女の困惑を遮るように、ガラリと冷蔵室の扉が開いた。 暗がりの中から現れたのは――社長、ナガサワ吾郎（64）。 白髪にピンクの作業帽、メガネはいつも少しズレている。 そして、彼の左胸ポケットには、常に一本のカニカマが差し込まれている。 「……またカニカマと会話してたのか、マリアちゃん？」 「社長……！？いえ、これはその、カニカマ同調テストのようなもので……！」 「わかってるよ、君が何者かは……いや、正確には"何"なのかは……ずっと前から知ってた」 沈黙。冷蔵庫のモーター音だけが響く。 「……じゃあ、わたくしの……正体を？」 「カニカマ星人、なんだろ？偶然だけど、俺も昔から興味があってな。 　ほら、地元に伝わる“練り物碑文”ってあるだろ？あれ、あの丘の上の」 「ええ、ええ、えええ！？社長は……我が星の“練り碑文”のことをご存じで！？」 「うん。ついに来たのかって、思ってたよ。 　“真のカニカマが、真の器に宿るとき――宇宙は再び、練り戻される”ってな」 言い伝え。それは、冷凍パックの裏に印字されていた。 誰も気にしなかった、小さなエラーコードの羅列。それこそが、宇宙からのメッセージ。 「社長……わたくし、帰らなければならぬのです。 　けれど、どうしてもこの地球の……この練り物たちのことが、愛おしくて……」 カニカマリアの声は震えていた。 心が蒸したてカニカマのように、じゅわりと染み出していた。 「なら、俺が手伝うよ。マリアちゃん。 　カニカマで帰れるなら、俺はカニカマ工場を……宇宙船にしてやる」 「か……カニカマム！！！！✨🛸」 目に光を宿したカニカマリアは、社長の腕を握りしめた。 磯の香りと温かい炊き立てご飯の香りが、彼女の身体からふわりと立ち上る。 夜明け前の工場に、小さな希望が灯った。 それが、後に銀河を震撼させる「練り物動乱」の始まりだったことを、 この時の彼らはまだ知らなかった―― 🦀🛸🍢つづく。