2047年、東京メトロエリア第7区画。 私のつむじは、左巻きだ。 これは世界人口のわずか8%しかいない、珍しいタイプらしい。父も左巻き、母は渦なし。そんな私が「つむじ学」の道を志したのは、ある意味運命だったのかもしれない。 研究所の窓から見える風景は、いつもと変わらず憂鬱な灰色に染まっていた。エネルギー供給が不安定な第7区画では、街灯さえまともに点灯しない。 「ハカセさん、また徹夜でしたか？」 助手のミドリが、朝のコーヒーを持って実験室に入ってきた。彼女の頭頂部には、美しい二重つむじが確認できる。 「ああ、昨夜の実験データが気になってね」 私こと、ツムジ・ハカセ。32歳。新エネルギー研究所で、人類の未来を左右するかもしれない研究に従事している。 「また例の『つむじ発電』ですか？」 ミドリの声には、心配と期待が入り混じっていた。彼女は私の突飛な研究テーマを、最初から支持してくれた数少ない理解者の一人だ。 「そう。人間の頭頂部に存在するつむじには、まだ解明されていない神秘的なエネルギーが渦巻いているんだ。このエネルギーを活用できれば...」 話している最中、研究所の電力が突然低下し、照明が薄暗くなった。このところ頻発する計画停電の始まりだ。 「見たまえ。この街のエネルギー問題は、もはや限界点に達している」 私は立ち上がり、実験台に置かれた最新の測定装置を起動した。装置の中央には、人工的に作られた微細な渦が、かすかに光を放っている。 「面白いデータが取れたんだ。つむじの回転エネルギーは、これまで考えられていた以上に...」 その時、研究所の非常ベルが鳴り響いた。 大きな揺れが建物を襲う。地震？いや、違う。 「ハカセさん！」 ミドリの悲鳴が響く中、実験室のドアが激しく開かれた。 そこには見知らぬ黒服の集団が立っていた。 「つむじエネルギー研究は、我々が引き継がせていただく」 冷たい声が響く。これが、私たちの研究生活を一変させる事件の始まりだった。 黒服の男たちの後ろから、一人の女性が現れた。 「お初にお目にかかります、ツムジ博士」 すらりとした体型の彼女は、完璧な三つ編みで髪をまとめていた。だが私の目は、一瞬でその特徴的な髪型の下に隠された異常に気付いた。 三重つむじ。人口の0.01%にも満たない、極めて稀少な形状だ。 「クロウ・インダストリーズのマリコ・クロウです。父の命を受けて、参りました」 世界最大のエネルギー企業、クロウ・インダストリーズ。その当主の娘が、なぜここに？ 「残念ながら、この研究は譲れません」 私の言葉に、マリコは薄く笑みを浮かべた。 「譲渡の選択肢はありません。すでに研究所の買収は完了しています」 ミドリが持っていたタブレットが震える音を立てる。画面には衝撃的なニュースが。 『速報：新エネルギー研究所、クロウ・インダストリーズによる買収を発表』 「では、さっそく研究データの移管を...」 その時だった。 「待ちなさい！」 廊下から響き渡る声に、全員が振り向いた。 そこには、私の恩師である榊原教授が立っていた。いつもは穏やかな表情が、今は凄みを帯びている。 「つむじエネルギーの研究は、人類の未来に関わる重大な発見だ。一企業の独占を許すわけにはいかない」 教授の頭頂部では、珍しい「四方つむじ」が、まるで怒りに呼応するように渦を巻いているように見えた。 「榊原教授...まさかあなたが」 マリコの表情が変わる。 「そう、私こそがツムジ・ハカセの研究を支援してきた『つむじレジスタンス』のリーダーだ」 教授の言葉に、実験室の空気が凍り付いた。 私は困惑していた。穏やかな恩師が、なぜ反体制組織のリーダーなどを？ そして教授の次の言葉が、私たちの運命を大きく動かすことになる。 「ハカセ君、君のつむじ発電の真の可能性について、話をしよう。人類の歴史を変える、とてつもない真実がそこにはある」 マリコは冷淡な目で教授を見つめた。 「レジスタンスごっこは終わりにしましょう。私たちには正当な権利があります」 「正当な...？笑わせないでください」 教授は苦々しい表情を浮かべる。 「30年前、つむじエネルギー研究の先駆者だった君の父上は、私の親友でもあった。彼の死の真相を、私は知っている」 マリコの表情が微かに揺らいだ。 突然、建物全体が激しい振動に包まれる。非常灯が点滅を始めた。 「教授！地下実験室からの反応です！」 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！