あの夏の日、私は仏像の膝に腰を下ろし、手元のスマホを握りしめていた。背後から蝉の声が降り注ぎ、かすかに聞こえる読経の声がそれに溶け込む。ここは音羽寺（おとわでら）、私、歌音（かのん）の家でもあり、百年以上の歴史を持つ由緒ある寺だ。でも正直に言うと、歴史の重みとかそんなもの、私にとってはあまりピンと来ない。 私がここで生まれ育った理由、それは単純に「家が寺だったから」。幼い頃からお寺で暮らしてると、世間一般の「普通」って感覚がだんだん分からなくなってくる。例えば、お風呂上がりの時間に親が読経を始めたり、家の物置にある仏具の山が遊び道具になったり。普通の家ってそうじゃないの？って感じだった。 だけど、最近はそんな余裕も無くなった。この寺、どうやら閉鎖するかもしれないらしい。住職である父がこぼしたその一言が、まるで夏の雷みたいに私の心を撃ち抜いたのだ。音羽寺が無くなるなんて考えたこともなかった。私が歌を歌う時に響いていたこの広い本堂も、参道にある苔むした石灯籠も、すべてが消えてしまうかもしれない。それってつまり、私の「居場所」が無くなるってこと。 でも私は、「無理だ」と言われるほど燃える性格だ。「やれるだけやってみたら？」って軽い言葉にも乗っかるタイプ。そんな私の心を突き動かしたのは、「歌」でなんとかなるんじゃないか、っていう突飛なアイデアだった。 歌を歌うのが好きな理由は単純だ。歌っている時、誰も私を否定しないし、歌声を通じてみんなが笑顔になってくれるのが嬉しい。それに、ちょっとした「魔法」みたいな感覚があるんだ。言葉にしづらいんだけど、歌の力ってすごい。音を重ねることで、ただの空気の振動が人の心を震わせるんだもの。 そんな私が考えたのは、寺を「ライブ会場」に変えること。お経だって、視点を変えればリズムがあるし、声明（しょうみょう）なんてメロディーそのものじゃない？つまり、音羽寺を「仏教系アイドル」の拠点にして、そこから人を集めようって作戦だ。 思いついたら即行動が私のモットー。まずは境内を見渡し、ステージに使えそうな場所を探し始めた。結果、本堂前の広場がピッタリだと気づいた。ここなら舞台を作れるし、座布団を並べれば観客席もいける。早速計画を練り始めたけど、問題は山積みだった。 一番の壁はやっぱり父。住職としての立場から「寺をアイドル活動に使うなんて前代未聞だ！」って大反対。でもその反応を見た瞬間、私は確信した。この突拍子もないアイデア、成功する可能性があるって。反対されるほど、やる気が湧いてくるのが私の性格だから。 「お寺の価値って、ただ守るだけじゃないでしょ？人を集めて、笑顔にして、それが仏教の教えに通じると思うの！」そう言って父を説得し始めたけど、返ってきたのは苦笑い。まあ、簡単にはいかないよね。でも、なんとかなる。そう思わせてくれるのが、歌の力なんだ。 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方はPageMeku（ページメク）をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！