信念のファイアウォール - A Firewall Built on Conviction
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AIツール:その他
モデル:flux1-schnell
私は美咲、30歳。情報セキュリティの専門家として、最近この会社――日本有数の大手製薬企業に転職した。華々しい肩書きに聞こえるかもしれないが、現実はもっと地味で、もっと泥臭い。前職は外資系IT企業で、日々目まぐるしく変わる脅威と戦ってきた。そこで得たものといえば、危機感と、少しの誇り、そして誰にも話せない孤独感だ。
私のデスクはオフィスの片隅にある。周囲の会話はどれも聞き覚えのない専門用語や慣れ親しんだ関係者同士の雑談ばかり。違和感――それがこの職場に来てから私を支配している感情だった。私はこの世界にまだ馴染めていない。それとも、馴染む気がないのかもしれない。
転職理由は聞かないでほしい。理由は複雑で、どこか心に重い影を落としている。でも、ひとつ確かなのは、前職では消耗しきってしまったということ。絶えず更新される危険なコードの山に囲まれ、攻撃者の一歩先を読まねばならない毎日。だからこそ、少しは落ち着いた環境で「守ること」を考えたかった。
けれど、この会社は想像以上に保守的だ。セキュリティ意識の低さに最初は驚愕すら覚えた。古いシステムに、弱いパスワード。メールの添付ファイルを簡単に開く社員たちの無防備さ。私は何度も上司に進言したが、「ここではこうしてきたんだ」と、いつも同じ答えが返ってくる。確かに、これまで何も起きなかったのかもしれない。でも、だからといって未来も無事とは限らない。
そんな思いで、私は手探りの社内啓発活動を始めた。ポスターを作り、メールで注意喚起を送り、小さな勉強会を企画した。最初は「また新入りが何か始めた」という冷たい視線ばかり。特に、古株の部長の嫌味は刺さる。「君のやり方、効率がいいとは思えないね。」でも私は黙らなかった。
それでも、この努力がいつか報われるのかはわからなかった。けれど、あの日、すべてが変わった。夜遅く、警報音が静寂を破り、システムに異常が発生した。赤い文字が画面を埋め尽くし、アクセスログには明らかに不審な動き。「これ、攻撃されてる……?」私は息を呑んだ。
警報音に胸を打たれる感覚は初めてだった。まるで、私がその瞬間のためにこの場所に送り込まれたような奇妙な感覚だった。慌ててコンソールに向かうと、システム全体が異常を示すログを吐き出していた。侵入者の痕跡――IPアドレスの不自然な動き、連続するログイン試行、そして社内ファイルへのアクセス要求。それは紛れもないサイバー攻撃だった。
「何が起きてる?」隣のデスクで残業していた同僚の田中さんが、私の背後に立つ。彼は情報システム部のベテランだが、ここ数年は新しい技術への対応を避けている様子だった。私は短く息を吸ってから答えた。「侵入されています。恐らく外部から。」私の声は思いのほか冷静だったが、手は震えていた。
「何?侵入?でも、ここまで来るなんて、ありえないんじゃないか?」田中さんの顔には疑いが浮かんでいる。そうだ、この会社では「安全神話」が根付いている。過去に大きな問題が起きなかったことを理由に、リスクを軽視しているのだ。
私は深呼吸をして状況を整理した。脳裏には、前職で叩き込まれた「緊急時の手順」が浮かんでくる。アクセスログをバックアップし、重要ファイルのダウンロードを停止する命令をサーバーに送る。全ての端末にセキュリティ通知を送り、特定の操作を一時的に封じる。そして、私が何よりも嫌っていた「緊急対応マニュアル」を開いた。
「田中さん、このログを見てください。攻撃者は社内データベースにアクセスしようとしている。もしここを突破されたら、顧客情報も研究データも流出します。」モニターを指し示しながら、私は彼に言った。田中さんはしばらく無言だったが、重い息を吐いて「わかった。君の指示に従う」と言った。
時計を見ると、既に23時を過ぎていた。暗いオフィスに響くのはキーボードの音だけ。私は全身全霊でシステムを守る手段を探っていた。その中で、どうしても気になることがあった。この攻撃はあまりにも手慣れすぎている――ただの偶発的なハッキングには見えない。むしろ、内部事情を熟知した人間が絡んでいるような…。
「外部だけじゃないかもしれない…?」そんな疑念が胸をよぎった瞬間、私の体は戦慄に包まれた。
(つづく)
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