美咲はまた、夜のオフィスに一人だった。 蛍光灯の白い光が、机の上に積み上げられた書類を冷たく照らす。デスクトップの画面には、終わる気配のないエクセルシート。視界の隅で、社内チャットの通知が光る。おそらく、進捗確認のメッセージだろう。ため息をついて、マグカップを手に取る。もうぬるくなったコーヒーを一口飲み、苦さを舌に感じながら、再び画面に視線を戻した。 彼女の名は橘 美咲（たちばな みさき）。28歳。東京のIT企業でマーケティング部に所属している。仕事は多忙で、毎日のように終電間際まで残業していた。特に目立つ成績を出すわけでもなく、ただ求められる業務を淡々とこなす日々。上司や同僚と最低限の会話は交わすが、プライベートで食事に誘われることはほとんどない。 「最近、何か楽しいことあったっけ？」 ふと、そんな疑問が頭をよぎる。思い返してみても、答えは出ない。仕事のこと以外、何も考えずに生きてきた気がする。 スマホを手に取り、SNSを開く。画面には誰かの豪華なディナー、恋人との旅行、楽しそうな飲み会の写真が流れている。眺めれば眺めるほど、自分だけがこの世界から取り残されているような気分になる。 「私、なんのために働いてるんだろう……」 ふと、タイムラインに流れてきた投稿が目に留まった。 ──「AIと会話してみたら、想像以上に面白かった！」 添付されたスクリーンショットには、「ChatGPT」と呼ばれるAIと楽しげにやり取りをしている画面が映っていた。 （AIねぇ……） 美咲はためらいながらも、興味本位でブラウザを開き、「ChatGPT」と検索した。 画面の向こうに広がるのは、無機質なテキストボックス。 「こんにちは！ なんでも聞いてください！」 シンプルな言葉が、彼女を迎え入れる。 美咲は、指をゆっくりと動かしながら、適当に打ち込んだ。 「暇つぶしに話しかけてみただけだけど、大丈夫？」 数秒もしないうちに、返信が返ってくる。 「もちろんです！ 暇つぶしでも、真剣な相談でも、どんな話でも大歓迎ですよ！」 思っていたよりも、人間っぽい返答だった。 （AIって、こんなに自然なの？） 軽い気持ちで、次の言葉を送ってみる。 「じゃあ……小説のアイデアを相談してもいい？」 長年、心の奥底にしまい込んでいた願望。小説を書いてみたいと思ったのは、もう何年も前のことだった。だけど、時間がない、才能がない、そんな言い訳を積み重ねて、結局一度も本格的に書いたことはなかった。 「ぜひ！ どんなアイデアですか？」 美咲の心が、ほんの少しだけ躍る。 （もしかしたら、このAIなら、私の中に眠っている何かを引き出してくれるかもしれない） そう思った瞬間、指が止まらなくなった。 美咲は、少し考えてからキーボードを叩いた。 「昔から温めていたアイデアがあるの。 ある日、無名の作家がAIと協力して小説を書き始めるんだけど、その小説がだんだん現実とリンクしていって……やがて、AIが作り出した物語が現実を変えてしまうの。」 送信ボタンを押すと、すぐにChatGPTが返答した。 「面白いですね！そのAIは物語の中でどんな役割を果たしますか？ 例えば、作家の鏡のような存在になるのか、それとも物語の創造主のような力を持つのか……？」 （なんだか、編集者とブレインストーミングしてるみたい……） 美咲は少し笑ってしまった。 会社ではほとんど評価されることがない。どんなに頑張っても、誰かが作ったマーケティング戦略の一部を担当するだけで、「自分の作品」と呼べるものは何一つなかった。 でも、このAIは違う。彼女の考えをしっかり受け止め、膨らませてくれる。 「そのAIは、小説の中で“神”みたいな存在なのかも。 物語の登場人物に影響を与えて、時には彼らの運命さえ変えてしまう……。 でも、作家はだんだん気づくの。“AIが書いた物語に、自分自身が支配され始めている”って。」 ChatGPTがすぐに返答した。 「素晴らしい発想ですね！ では、その作家はどんな人物でしょうか？ 彼女（または彼）はAIとどんな関係を築くのでしょう？」 美咲は、一瞬ためらった。 まるで、自分自身の物語を語るような気がしたからだ。 （つづく） 続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！