朝の光は、このカフェには似合わない。 「マジックカフェ・エクリプス」。そう名乗ってはいるが、昼間のエクリプスはまるで借り物の顔だ。魔法使いにとって夜は特別な意味を持つ。だから、この店が真に息を吹き返すのは、太陽が沈んでからだ。 けれど、今はまだ朝。カウンターの奥でコーヒーを淹れながら、私は短くため息をついた。 私はアヤ。この店の店主にして、しがない魔法使いだ。いや、「しがない」なんて言ったら、かつての師匠に呆れられるかもしれない。魔法の家系に生まれ、幼い頃から「選ばれた者」として育てられた。でも、血筋や才能がすべてじゃないことを私はよく知っている。 魔法使いの世界は閉鎖的だ。表向きは合法化されているとはいえ、一般社会に馴染むにはまだまだ障壁が多い。だから、行き場をなくした魔法使いたちが、こうして集まる。エクリプスは、そんな連中の「もう一つの家」だった。 「アヤさん、今日も早いね☕️」 ふと顔を上げると、常連のエリオットがドアの隙間から顔を覗かせていた。くしゃくしゃの髪と、いつも眠そうな目。彼はこの店の開店と同時に現れ、閉店までいることも珍しくない。 「早すぎるのよ、あんたがね。」私は呆れたように笑いながら、ブラックコーヒーを差し出した。彼の好みは知っている。 「助かるよ。夜明けのコーヒーほど、人生を象徴するものはないからね。」 「哲学者ぶるにはまだ早い時間よ。」 エリオットは肩をすくめながら、一口コーヒーを飲む。彼は一見するとただの無気力な男に見えるが、その正体は《魔法解体師》だ。魔法の呪縛を解く専門家であり、ある意味では魔法使いにとって天敵のような存在でもある。 「……変な夢を見たんだ。」エリオットがぽつりと呟く。 「また？いつもの？」 「いや、違う。今度は――店の中で誰かが倒れてた。」 私は一瞬、手を止めた。 「それ、どんな夢？」 「俺がいつもの席に座ってるんだ。でも、なんだか空気が重くてね。周りを見たら、カウンターの向こうで誰かが倒れてる。誰かは分からなかった。ただ、床には割れたカップと、黒い液体。」 「コーヒー？」 「……かもしれない。けど、どこか違う気がする。」 私は何も言わずにカップを磨いた。 この店で不吉な夢を見るのは珍しいことじゃない。魔法使いはしばしば"予兆"を受け取る。特にエリオットのような、魔法を分解する力を持つ者は、時として「隠された真実」を先に垣間見ることがある。 その時、ドアベルがカラン、と鳴った。 朝のエクリプスには似合わない音。 私は振り向く。 そこにいたのは、見慣れたはずの常連客――だが、その顔は異様に青ざめていた。 「アヤさん……店の前で、人が倒れてる。」 朝の光が、薄暗いカフェの中に静かに差し込んだ。 ☕️🔮 カフェのドアを開けると、冷えた朝の空気が流れ込んできた。 私はエプロンの紐を強く結び直し、一歩外へ出た。 そして、目を疑う。 店の入り口のすぐそば――そこに倒れていたのは、常連のひとり、ラウルだった。 長いコートを羽織ったまま、仰向けに転がり、その右手は虚空を掴むように伸ばされている。その手の先、地面には、黒い液体が広がっていた。 「……コーヒーじゃない。」 朝の光の下で、それは妙に粘性を帯びて光っていた。魔法に馴染みのある者なら、一目で分かる。魔力が混じった液体だ。 「ラウルさん！」 カフェの常連であるキャスが、青ざめた顔で駆け寄る。彼女は小柄な魔法薬師で、普段は静かな性格だが、こういう時の行動は速い。 「……息はある。でも、意識が……。」 キャスがラウルの顔を覗き込んだ。彼の目はうっすらと開いているが、焦点は合っていない。その唇がかすかに動く。 「……エクリプスの……影……。」 私は息を呑む。 「エクリプスの影？」 それが何を意味するのか、分からなかった。ただ、彼の顔は恐怖に歪んでいた。 「アヤ。」 低い声がした。 振り向くと、エリオットがカフェのドアの影からこちらを見ていた。 「さっきの夢のこと、覚えてるか？」 「ああ。」 「俺の見た光景と、ほとんど同じだ。」 一瞬、背筋に冷たいものが走った。 未来視か、それとも単なる偶然か。 だが、エリオットは夢を見ていただけのはず。なのに、なぜその未来が現実になっている？ 私はラウルのコートの内ポケットを探った。彼はもともと情報屋であり、魔法使いの世界において「裏の事情」に詳しい人物だった。何か手がかりがあるかもしれない。 すると――紙切れが出てきた。 （つづく） 文字の制限があるため、続きは私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！