私の名前は佐藤美咲です。17歳、都立桜花高校の2年生。毎日の放課後は、母の病院に向かう電車の中で教科書を開いている、どこにでもいるような女子高生です。 2025年の東京。スマートフォンの画面には、今日も母からのメッセージが届いています。「今日も元気よ。美咲の来るのを楽しみにしているわ」 白い壁に囲まれた病室で、母は相変わらず穏やかな笑顔を浮かべています。でも、その笑顔の向こうに隠された何かを、私は感じ取っていました。 勉強に追われる日々。でも、私の頭の中は、いつも母のことでいっぱいです。母の病気が見つかったのは、私が中学2年生の時でした。それからというもの、私たちの生活は少しずつ、でも確実に変わっていきました。 私たちの家は、都会の喧騒から少し外れた住宅街にあります。古びた二階建ての家。かつては美しい薔薇が咲き誇っていた庭も、今では雑草が生い茂るばかり。母が入院してから、誰も手入れをする人がいなくなってしまったのです。 「美咲、退院したら、また薔薇を一緒に植えましょうね」 母の言葉に、私の心は温かくなると同時に、痛みも感じました。幼い頃、母と一緒に庭で薔薇を植えた思い出が、まるで昨日のことのように蘇ってきます。 春の夕暮れ時、病院への帰り道。いつもと違う道を歩いていた私の目に、小さな花屋が飛び込んできました。古びた木造の建物に、「フルール・ド・ソレイユ」という看板。 扉を開けると、甘い花の香りが私を包み込みます。そこで目にしたのは、鮮やかな赤い薔薇でした。その花は、まるで母が昔育てていた薔薇と瓜二つ。思わず足を止めてしまいます。 「その薔薇が気になるのかい？」 突然声をかけられ、私は少し驚きました。振り向くと、白髪交じりの優しい目をした男性が立っていました。店主らしき彼は、颯太さんと名乗りました。 「この薔薇は特別なんだ。簡単には手に入らない品種でね。でも、君の目が何かを語っているようだ」 私は思わず、母のことを話してしまいました。すると颯太さんは、静かに微笑んで薔薇を包み始めました。 「持っていきなさい。きっと、お母さんも喜ぶはずだよ」 その言葉に、私の目に涙が溢れそうになりました。この出会いが、私の人生を大きく変えることになるなんて、その時はまだ知る由もありませんでした。 病室に着くと、母は窓際のベッドで本を読んでいました。私が持ってきた薔薇を見た瞬間、母の顔が明るく輝きました。 「まあ、この薔薇...どこで見つけたの？」 母の声には懐かしさが混ざっていました。私は颯太さんの花屋での出来事を話しました。 「ねぇ、美咲。覚えてる？あなたが小学校に入学する前、庭いっぱいに薔薇を植えたこと」 母の言葉に、私は幼い日々を思い出しました。 春の柔らかな日差しの中、母と一緒に土を耕し、小さな苗を植えた日。私の手が汚れるのを気にして、母は優しく軍手をはめさせてくれました。 「これはね、魔法の花なの。あなたの願いを叶えてくれるわ」 そう言って母は、真っ赤な薔薇の花びらを私の手のひらに乗せてくれました。 夜、スマートフォンで薔薇の育て方を調べていると、母からメッセージが届きました。 「今日は嬉しかったわ。薔薇の香りで、元気をもらえたような気がする」 その言葉に、私の中で何かが動きました。そうだ、あの庭...もう一度、薔薇を咲かせることはできないだろうか。 次の日、学校が終わるとすぐに、私は颯太さんの花屋に向かいました。扉を開けると、颯太さんは小さな苗木に水をやっていました。 「あの、颯太さん。薔薇の育て方を教えていただけませんか？」 颯太さんは、土いじりを止めて私をじっと見つめました。その目には、何か深い思いが宿っているように見えました。 「君は、お母さんのために庭を蘇らせたいんだね」 私は頷きました。すると颯太さんは、カウンターの下から一冊の古びた手帳を取り出しました。 「これは私の亡き妻が残した育て方のノートだよ。薔薇には、それぞれ物語がある。この本には、その物語と、育て方のコツが書かれているんだ」 その手帳には、美しい薔薇のスケッチと、丁寧な文字で書かれた育て方の説明が綴られていました。 「でも、これは大切な思い出の品では...」 「大丈夫だよ。きっと妻も、君に託したいと思うはずさ」 颯太さんの言葉に、私は深く頭を下げました。 その夜、私は母の病室で手帳を開きました。最初のページには、こんな言葉が書かれていました。 （つづく） 全部を載せたいのですが、残念ながらこちらのキャプション欄には文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！