精肉店の娘、革命を焼く / Meat, Revolution, and a Little Magic
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夜の商店街は、昼間とはまるで違う顔を見せる。街灯がぼんやりと灯る中、アスファルトに映る影は長く、静けさの中に遠くの車の音が混じる。凛は、店のシャッターを下ろした後、スマホの画面をじっと見つめていた。
《精肉店を継ぐか、継がないか、それが問題だ》
深夜のテンションで投稿ボタンを押しそうになり、ギリギリで踏みとどまる。こんな重たい話をSNSに投げるのは、あまりにも無責任だ。だけど、心のどこかで「いいね」が欲しかった。誰かに「わかるよ」と言ってほしかった。
ふと、店の奥から父の咳払いが聞こえた。頑固で昔気質な父は、口では何も言わないが、最近の凛の態度を察しているのだろう。彼が築いたこの店を、自分がどうすべきか——その答えを、凛はまだ見つけられずにいた。
「お父さん、お肉の仕込み、手伝おうか?」
そう言いかけたが、結局言葉にはならなかった。代わりに、凛はスマホを手に取り、違う投稿を打ち込んだ。
《本日のおすすめ。特製味噌漬け豚ロース!焼くだけで最高にジューシー。新メニュー開発中…乞うご期待!》
投稿ボタンを押すと、どこかで小さくタイムラインが動く音がした。誰かが見てくれるだろうか。何かが変わるだろうか。
スマホを閉じ、精肉店の匂いが染みついたエプロンを外す。商店街の未来、店の未来、自分の未来。すべてが混ざり合いながら、夜の冷たい風が頬を撫でた。
翌朝、精肉店「肉の斉藤」のシャッターを開けると、ひんやりとした空気とともに、わずかに肉の脂の香りが漂った。凛は大きく伸びをしながら、店内に差し込む朝日を眩しそうに見つめた。
「おはようございます!」
元気な声が店内に響く。バイトの翔太は大学生。
「おはよう! 今日は新メニューの試作するから、手伝ってね。」
「了解っす! あ、昨日の投稿見ましたよ。めっちゃいいねついてましたね!」
凛はスマホを取り出し、SNSを開いた。昨夜の投稿には、いつもより多くの「いいね」がついていた。コメント欄には、
「味噌漬け豚ロース!? 絶対買いに行く!」
「商店街に活気を!応援してます」
「肉の斉藤、最高! お肉って正義だよね」
そんな温かいメッセージが並んでいた。
「思ったより反応あるな…」
凛は少し驚いたが、同時に心の奥で小さな灯がともるのを感じた。
「よし、今日は試作だけじゃなく、ライブ配信もやろう」
「え、ライブっすか!?俺、カメラ慣れてないんで、凛さんお願いしますよ!」
「大丈夫、顔は映さなくていいから。肉を主役にするの」
こうして、店の奥にあるキッチンで、新メニュー開発が始まった。凛は厚切りの豚ロースに自家製の味噌ダレを絡め、鉄板の上でジュウジュウと焼き始める。
ジュワァァ…
弾ける油の音。香ばしい味噌の香りが広がる。翔太はゴクリと喉を鳴らし、思わずスマホを向けた。
《本日の試作。みんな、これ見て! 特製味噌漬け豚ロース、焼いてみたよ! この音、この照り…伝わるかな!?》
ライブ配信を始めると、すぐに視聴者が増え始めた。
「うわ、めっちゃ美味そう」
「匂いが届かないのが悔しい…」
「これ、いつから買えますか!?」
コメントがどんどん流れる。
「このメニュー、来週から正式販売する予定です! みんな、商店街に食べに来てね!」
凛が笑顔で伝えると、翔太が小声で囁いた。
「…これ、絶対バズりますよ」
確かに手応えがあった。でも、これはまだ始まりにすぎない。
商店街全体を盛り上げるには、もっと工夫が必要だ。
凛はエプロンの裾をギュッと握りしめながら、新しいアイデアを考え始めた。
ライブ配信が終わると、店内にはまだ味噌ダレの香ばしい匂いが漂っていた。
翔太はスマホを手に取り、興奮気味に画面をスクロールする。
「凛さん、見てください!さっきの配信、リツイート100超えてますよ!」
「えっ、本当!?」
凛もすぐにスマホを開く。確かに、拡散された投稿には、「これは絶対食べたい!」「商店街行くしかない!」というコメントが並び、なかには「今すぐ売ってください」なんて切実な声もあった。
「…これは、チャンスかも」
凛の脳内で、新しいアイデアが弾けた。
「翔太、急だけど…今週末、商店街で試食イベントやるよ!」
「ええっ!?いきなりすぎません!?」
「この流れを逃しちゃダメ!今ならSNSで告知すれば、若いお客さんも呼べる」
確かに、これまでの商店街のイベントは、ポスターや回覧板で告知するのが中心だった。でも、それでは若者には届かない。
「…やるしかないっすね」
(つづく)
全部を載せたいのですが文字の制限があるため、もし続きは私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします!