月曜日の朝。オフィスビルのエレベーターの中、私はいつものように壁に貼り付くようにして立っていた。周りの視線が気になるわけではない。ただ、話しかけられる可能性をゼロに近づけたいだけだ。 「……今日は研修日か。」 そうつぶやくと、まるで空気を吸うように自然に溜め息が出る。これが静香たる私、内向きのプロフェッショナルの朝の儀式だ。 オフィスのドアを開けると、いつもの情シスルームが私を迎えてくれる。派手さはないが整理整頓が行き届き、無駄のない空間。デスクに座り、電源ボタンを押すと、画面に映る社内SNSの通知がずらりと並んでいる。 「またこれか……。」 通知のほとんどは、PCが動かない、ソフトが開かない、パスワードがわからないといったものだ。 「静香さんが返信してくれると、すごく助かるんです！」 そうメールで感謝されるのは慣れているけれど、直接言われたらきっと縮こまるだろう。だからメールは心地いい。文章なら時間をかけて適切な表現を探せる。しかも、感情的な文は顔に出ないし、無表情でキーボードを叩ける。この「画面越しの自分」こそが、本来の私なのかもしれない。 ところが今日は、少し違った。朝一番、研修担当の佐藤さんが、青い顔で駆け込んできたのだ。 「静香さん、助けてください！」 私は思わず目を見開いた。 「研修で……新入社員が20人以上PCトラブルに巻き込まれていて、どうにもなりません……！」 佐藤さんは早口で訴える。彼女の背後からも、パニックに陥った人々の気配が伝わってきた。 頭が混乱する。内心では「そんな突然言われても！」と叫びたいが、口を開けるのは苦手だ。私は大きく息を吸い、エクセルシートを広げるような冷静さを装いながらうなずいた。 「……分かりました。どこに行けばいいですか？」 佐藤さんの目が一瞬輝いた。 「あちらの会議室です！すみません、本当に助かります！」 言葉を置いて、私は彼女の後を追った。その瞬間、胃のあたりがギュッと縮むような感覚がした。これから、大勢の目の前に立つという試練が待ち受けているのだ。 会議室の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは混沌そのものだった。 十数台のノートパソコンの画面が点滅したり、エラー音が鳴り響いたり、果てはフリーズして真っ暗になったり。 「ログインができません！」 「画面が急に消えました！」 「これ、どうすればいいんですか！？」 新入社員たちは一様に青ざめた顔をして、右往左往している。私の足は一瞬止まりそうになったが、振り返ると佐藤さんが「お願いします……！」とすがるような目でこちらを見ている。逃げ場はない。逃げ場はどこにもないのだ。 深呼吸して、まずは部屋の全貌を把握する。パソコンのトラブルは大きく分けて3種類のようだ。それぞれの机を回りながら原因を探ることにした。 「えっと、失礼します……画面が消えたのは、たぶん節電モードですね。」 そう言いながら、手早く設定を確認して復旧させると、目の前の新入社員――まだ若くて緊張している男性が、ほっとしたように「ありがとうございます！」と頭を下げた。 次の机では、動かないソフトのインストール状況を確認。どうやらバージョンが古かったらしい。更新をかけながら、私はぽつりとつぶやいた。 「……初期設定が間違ってますね。担当は誰だろう……。」 「僕です、すみません！」 挙手したのは、これまた若い男性。彼の顔を見ると、目に涙が浮かんでいるではないか。 「い、いえ、次から気をつければ大丈夫ですよ。」 慌ててフォローしながら、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。 一台一台、問題を解決していく。パソコンを触る手は覚えている。どんなトラブルにも冷静に対処する術を。このスキルだけは、大学時代に身につけた唯一の「武器」だ。 ふと顔を上げると、部屋の空気が少し変わっているのに気づいた。最初はパニックに包まれていた新入社員たちが、私の動きを見て少しずつ落ち着きを取り戻している。なんとなく、信頼のような視線も感じるような……。 そして、最後のパソコンを直した瞬間、部屋中から拍手が湧き起こった。 「すごい！救世主みたい！」 「静香さん、めちゃくちゃ頼りになりますね！」 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！