夜更けの青白いモニターの光が、小さなマンションの一室を照らしていた。カタカタとキーボードを叩く音だけが、静寂を破る。私、佐々木あかりは今日も締め切りに追われている。 ふと、温かい感触が足元に。愛猫のレオが、心配そうな琥珀色の瞳で見上げてくる。まるで「もう寝たら？」と言っているみたいだ。 「ごめんね、レオ。もうちょっとだけ」 私は思わず溜息をつきながら、レオの頭を優しく撫でた。グレーがかったシルバーの毛並みは、いつも通りしっとりと柔らかい。 Web制作会社「クリエイティブラボ」で働き始めて3年目。最近やっと一人で案件を任されるようになったばかりの駆け出しデザイナーだ。 スマートフォンの画面が明滅する。またしても上司の森山さんからのメッセージ。「明日の会議で使用する資料、進捗どう？」 胃が重くなる感覚。締切に追われる毎日で、レオと過ごす時間が減っているのが心苦しい。去年保護猫カフェで出会った時から、レオは私の心の支えだった。 「にゃぁ」とレオが鳴く。机の上に飛び乗ると、私のマウスに前足を乗せてきた。仕事の邪魔なはずなのに、不思議と苛立ちは湧かない。 「そうだよね。今日はもう休もうか」 窓の外には東京の夜景が広がっている。高層ビルの明かりが、星空の代わりになっている。レオを抱き上げると、いつもの通りゴロゴロと喉を鳴らした。 「明日は早起きして頑張ろうね」 そう呟きながらベッドに潜り込む。レオは私の枕元で丸くなり、安心したように目を閉じた。彼の寝息を聞きながら、私も疲れた目を閉じる。 その夜、私はまだ知らなかった。明日から、レオとの生活が大きく変わることになるなんて。 夜が明けるまでの数時間、不思議な光が窓から差し込み、レオの体を包み込んでいった...。 目覚ましのベルが鳴る前、薄明るい部屋の中で私は目を覚ました。いつもより早い時間だ。昨日の仕事の続きをしなければ、と思い起き上がる。 「おはよう、あかり」 誰かが話しかけてきた声に、私は飛び上がった。部屋には私とレオしかいない。でも、今確かに...。 「驚かせてごめん。僕だよ、レオ」 枕元で丸くなっていたレオが、まっすぐに私を見つめている。透き通った声は、確かにそこから聞こえてきた。 「え...レオ？夢？」 思わず両目をこすってしまう。でも、目の前の光景は変わらない。 「夢じゃないよ。昨日の夜から、なんだか不思議な感じがしてね。目が覚めたら、言葉が話せるようになっていたんだ」 レオの言葉には、いつもの温かみのある声色が重なっている。驚くべきことに、私は全く怖くなかった。 「ずっと言いたかったんだ。あかりが無理してるの、わかってたよ」 レオの真摯な眼差しに、胸が締め付けられる。今まで見せていた表情も、全て理解していたんだ。 窓の外では、朝日が高層ビルの間から差し込み始めていた。新宿の街並みが、いつもより鮮やかに見える。 「実は僕、あかりの仕事の画面もちゃんと見てたんだよ。デザインのこと、よくわかんないけど...」 レオの言葉に、思わず吹き出してしまう。今までモニターを覗き込んでいた理由が、やっとわかった。 スマートフォンの通知音が鳴る。また新しい仕事の連絡だ。でも今朝は、なぜか重たく感じない。 「ねぇレオ、朝ごはんの後、話を聞かせて？きっとたくさん、言いたいことがあるよね」 「うん、いっぱいあるよ。でも その前に...」 レオが私の膝に飛び乗り、いつものように頭をすりよせてきた。 「あかりの作るごはんが、一番好きなんだ。それだけは、ずっと伝えたかったんだよ」 その言葉に、思わず涙が込み上げてきた。 ＊＊ いつもの朝食を取りながら、私はレオと話し込んでいた。キッチンカウンターの上で優雅に座るレオを見ていると、まだ夢を見ているような感覚だ。 「実はね、森山さんのこと、僕あまり好きじゃないんだ。あかりを困らせてばかりいるから」 レオの意外な告白に、私は思わずコーヒーを吹き出しそうになる。 「そんなこと言っちゃダメだよ。森山さんは厳しいけど、私のことを考えてくれてるの」 「でも、昨日だってあんな遅くにメッセージを送ってきて...」 レオの眉間にしわが寄る。猫なのに、人間のような表情をする。 「今日の会議で新しいプロジェクトの発表があるんだ。化粧品ブランドのウェブサイトリニューアル。私、チームリーダーに抜擢されたの」 「それはすごいね！でも...」 レオの表情が曇る。きっと、また忙しくなることを心配しているのだろう。 （つづく） 全部を載せたいのですが文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！