その日も、私は恋をした。 指先で優しく撫でると、なめらかな曲線が手のひらに答えてくる。つるりとした質感、程よい冷たさ。まるで初めて出会った時のように、胸が高鳴る。 「おはよう、今日も素敵ね。」 週末の朝。IT企業でプロジェクトマネージャーを務める森川麗奈は、いつものように自分だけの特別な時間を過ごしていた。32歳、独身。仕事では常にクールでプロフェッショナルな彼女だが、ここでは誰にも見せない表情を見せる。 マンションの自室のトイレは、彼女にとって至高の空間だった。 「ねぇ、このカーブ...完璧すぎない？」 TOTOの最新モデル、ネオレストAHに向かって独り言を呟く。流れるような曲線は、まるで彫刻家が命を懸けて削り出したよう。陶器の質感は、触れる度に心を癒してくれる。 幼い頃から、麗奈は人とは少し違っていた。他の女の子たちがぬいぐるみやドールハウスに夢中になる中、彼女は百貨店のショールームの便器に心を奪われていた。 「これって、おかしいのかな...」 そんな自問を繰り返した10代。しかし今は違う。これは紛れもない私らしさ。誰にも理解されなくていい。ここは私だけの特別な場所なのだから。 艶やかな白磁の輝きに、朝日が優しく反射する。便器の縁をそっと指でなぞると、わずかな凹凸が指先に心地よい刺激を与える。まるで生き物のように、温かみのある触感。 「この曲線、まるでミケランジェロの彫刻みたい...」 ある時、友人の家のトイレを借りた時の衝撃が蘇る。安っぽい樹脂製の便座、無機質な形状。あの時の違和感が、自分の「美意識」に気づくきっかけだった。 シャワートイレの細やかな機能、ほのかに香る森林の芳香剤、間接照明が作り出す上質な空気感。すべてが完璧な調和を奏でている。 スマートフォンの通知音が、静寂を破る。 「あ、もうこんな時間...」 カフェとの約束の時間が近づいていた。今日は久しぶりに会う大学時代の友人、美咲との待ち合わせがある。 立ち上がる前に、もう一度便器に触れる。つるりとした曲線が、また新しい一日の始まりを告げていた。 マンションを出た麗奈は、いつもの道を歩いていた。穏やかな春の日差しが、心地よい。 「あ、新しいカフェができてる。」 いつもと違う道を選んだ麗奈の目に、スタイリッシュな外観のカフェが飛び込んでくる。『TOILET LOVERS CAFE』 「まさか...」 扉を開けると、そこには想像を超える空間が広がっていた。 便器をモチーフにしたチェアや、タンクをイメージした照明。壁には世界中の最新トイレのポスターが飾られている。 「いらっしゃいませ。」 カウンターの向こうから、笑顔の店員が声をかけてきた。 「実は私も、便器が好きで...。」 麗奈は思わず本音を漏らしてしまう。普段は誰にも話せない秘密を。 「私もです！」 店員の瞳が輝く。麗奈は初めて、同志に出会った気がした。 「お客様、トイレもご案内しましょうか？」 案内された個室は、まさに麗奈の理想だった。TOTO、LIXIL、INAXの最新モデルが並び、それぞれ違う魅力を放っている。 「これ、イタリアのデザイナーとのコラボモデルですよね？」 店員と便器談義に花が咲く。時間を忘れるほど。 「あっ！」 美咲との約束の時間まで、あと10分しかない。急いで待ち合わせ場所に向かう麗奈。 「ごめんね、待った？」 カフェに着くと、すでに美咲が座っていた。 「全然！でも珍しいね、麗奈が遅れるなんて。」 「ちょっと...素敵な場所を見つけちゃって。」 麗奈は少し照れながら答える。便器への愛を隠しながら生きてきた日々。でも今日は、その世界が少し広がった気がした。 美咲がコーヒーを一口飲んで、「実は私も、話があって...」と切り出した。 その表情には、どこか深刻な影が見えた。 「実は...会社のトイレが、リニューアルされるの。」 美咲の言葉に、麗奈は思わず身を乗り出した。 「それって、良いことじゃない？」 「でも、予算削減で...」 美咲が勤める広告代理店では、オフィスの大規模改装が計画されていた。しかし、経営陣の判断で最新式のトイレ導入が見送られることに。 「従業員の意見も聞かずに、上が勝手に決めちゃって...」 美咲の表情が曇る。麗奈には分かっていた。トイレは単なる設備ではない。心の安らぎを与えてくれる大切な空間なのだ。 「私にできることはない？」 （つづく） 文字数に制限があるため、続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！