私の部屋の窓から、東京の夜景が煌めいている。二十八階建ての高層マンションの十五階。この街に住み始めてから、もう三年が経つ。 会社の近くという理由だけで選んだこのマンション。十五階からの眺めは、確かに素晴らしい。でも、何かが足りない。それは、温もり。 「美咲、そろそろペット飼ってみたら？」先週、親友の莉子にそう言われた。確かに、この二十三平米の空間には、私の存在感しかない。 スマートスピーカーから流れる音楽だけが、この部屋の生活音。たまに聞こえる上階の足音さえ、妙に心安らぐ。誰かと一緒に暮らしているような錯覚を覚える。 窓際に置いたデスクで、私は溜まった仕事の書類とにらめっこをしている。システムエンジニアとして働き始めて四年目。プロジェクトリーダーになったばかりで、責任の重さに押しつぶされそうな毎日。 スマホを手に取る。「ペット」というワードで検索してみる。犬？ 猫？ いや、この狭い部屋では難しいかも。魚？ なんだか寂しい。 そんな時、目に飛び込んできたのは「クランウェルツノガエル」という不思議な名前。丸っこい体型に、角のような突起がある愛らしい姿。動きは少ないけれど、どこか憎めない表情をしている。 「これだ」直感的にそう思った。都会の片隅で、静かに暮らすカエルと私。なんだかシンクロしている気がする。 画面をスクロールしていくと、飼育方法や必要な環境が次々と表示される。温度管理、餌、水質。考えることは多いけれど、なぜか心が躍る。 「本当に、私にできるのかな」不安と期待が入り混じる。でも、この感覚は懐かしい。子供の頃、近所の池でオタマジャクシを見つけた時の、あの胸の高鳴りに似ている。 休日の朝。スマホのアラームより先に目が覚めた。今日は、ペットショップに行く日。昨夜は子供のように、なかなか寝付けなかった。 駅前の雑踏を抜けて、路地裏に入る。スマホの地図を確認しながら、ペットショップを探す。レンガ造りの古い建物の一階に、小さな看板を見つけた。 チリンと鈴の音が響く。店内は想像以上に落ち着いた雰囲気で、爬虫類や両生類の水槽が整然と並んでいる。空調の音と水の循環音だけが、静かに響いている。 「いらっしゃいませ」優しい眼差しの中年の店主が声をかけてきた。「クランウェルツノガエルを見に来ました」と告げると、奥の水槽へと案内してくれた。 そこにいた。丸い体に、ツノのような眉。まるでお相撲さんのような風格だけど、どこか愛らしい。じっと動かない姿に、私の心が不思議と落ち着いていく。 「この子、性格は穏やかですよ。初心者の方でも十分飼育できます」店主の言葉に、私の心は既に決まっていた。 水槽、ヒーター、温度計、底床...必要な物を一つ一つ丁寧に説明してもらう。「餌は人工飼料の練りエサがおすすめです。ピンセットで与えてあげてください」 「名前、何にしようかな」帰りの電車の中で考える。周りの乗客は、大きな水槽を抱えた私を不思議そうに見ている。でも気にならない。むしろ、どこか誇らしい。 マンションに戻り、リビングの一角に水槽を設置する。底床を敷き、水を入れ、ゆっくりとカエルを移す。 カエルは新しい環境に、少し戸惑っているようだ。でも、すぐに落ち着いた様子を見せる。「モチって呼ぼうかな」丸くてもちもちした見た目から、自然とその名前が浮かんだ。 その夜、私はモチの水槽の前で長い時間を過ごした。仕事の資料も、スマホも手につかない。ただ、このぷくぷくした生き物の存在に、心を奪われていた。 「明日から、私の生活は少し変わるんだろうな」そう思いながら、初めて感じる飼い主としての責任と喜びに、胸が高鳴った。 平日の朝。いつもより十分早く目覚ましをセットした。モチの様子を確認し、餌をあげるための時間が必要だから。 「おはよう、モチ」水槽を覗き込むと、いつもの場所でじっとしているモチ。でも、私が近づくと、少しだけ動きがある。もしかして、私のことを認識してくれているのかな。 練りエサを用意する。最初は躊躇していた餌やりも、今では慣れてきた。ピンセットで餌を差し出すと、モチは素早く反応する。この瞬間の可愛さに、心を奪われる。 「行ってきます」出勤前、必ず声をかける。返事はないけれど、なんだか見送られているような気がして心が温かくなる。 会社でのプロジェクトは相変わらず忙しい。でも、モチのことを思い出すと、不思議と心が落ち着く。スマホの待ち受け画面には、モチの写真。チームメンバーに見せると、意外な反応が。 （つづく） 文字数に制限があるため、続きは私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！