[( 1 )のつづき] 「作品の中の想いは、全て本物なんです。社会の中で隠さなければならない苦しみも、愛する人と向き合う喜びも」 水城さんの言葉一つ一つが、私の中に沁み込んでいく。彼の作品に描かれる感情の深さは、こんな風に実体験から紡ぎ出されていたのか。 「私...これまで、ただの創作として楽しんでいた部分もあったかもしれません。でも、本当の想いを知って...」 涙が溢れそうになる。それは申し訳なさと、新たな理解が混ざり合った感情だった。 「綾さん、そんなに謝らないでください。むしろ、作品を通じて私の気持ちが伝わっていたことが嬉しいんです」 水城さんの優しい声に、私は顔を上げた。カフェの柔らかな光が、彼の横顔を淡く照らしている。 「実は、新作の構想に行き詰まっていて...そんな時に綾さんと出会えて、不思議な縁を感じます」 彼は、スマートフォンを取り出しながら言った。 「もし良ければ、作品についての感想を聞かせてもらえませんか？読者としての率直な意見が聞きたくて...」 気がつけば、夕暮れが近づいていた。私たちは何時間も話し込んでいた。BL作品における愛の形、キャラクターの心情、社会との向き合い方...。 「水城さんの作品って、いつも繊細な心の機微が描かれていて...特に『深海の星屑』の主人公の成宗が、自分の気持ちに気づいていく場面は何度読んでも心が震えます」 「あの場面...実は私自身の経験が強く反映されているんです」 水城さんは少し遠い目をして、窓の外を見つめた。 「高校時代の親友との...叶わなかった想いです。今でも彼は私の大切な友人ですが、その時の気持ちが、作品の源になっています」 私の胸が締め付けられる。作品の中で描かれる想いの深さは、こんな風に作家自身の魂から紡ぎ出されていたのだ。 「でも、その経験があったからこそ、今の作品が書けているんです。辛い経験も、全て自分を作る大切な一部として受け入れられるようになりました」 「水城さんにとって、作品を書くことは、自分を解放する手段でもあったんですね」 私の言葉に、彼は静かに頷いた。 「ええ。でも最近は...何か違う物語を書きたいと思っているんです」 「違う物語、ですか？」 「はい。これまでは自分の経験や感情を基に書いてきました。でも今は...もっと広い視野で、多様な愛の形を描きたいんです」 水城さんの目が輝きを増す。私は彼の言葉に引き込まれていった。 「例えば、綾さんのような読者の視点から見た愛の形とか...性別や立場を超えた理解と共感とか...」 「あの...もしよろしければ、また話を聞かせていただけませんか？」 水城さんの声には、少しの躊躇いが混じっていた。 「私の新作の参考に...いえ、それだけじゃなくて、綾さんとお話するのが楽しくて...」 私の心が大きく跳ねる。憧れの作家との出会いが、こんな風に深い繋がりになろうとしている。 「是非お話させてください！私も水城さんのお考えをもっと知りたいです」 連絡先を交換する時、私たちの指先が軽く触れた。そこには不思議な温もりがあった。 作品への愛。理解への渇望。そして、新しい物語を紡ぎ出そうとする希望。 私たちは、それぞれの立場から、同じ方向を見つめていた。 [( 3 )につづく]