陽子です。三十路を迎えたばかりの、ごく普通のOL──のはずだった。特筆すべき点といえば、スマホ依存がちょっと行き過ぎていることくらい。朝起きた瞬間から布団の中でニュースチェック、出勤中はSNSをスクロールしながら電車に揺られ、昼休みはスマホ片手にランチ、帰宅後もYouTubeのおすすめ動画に流されて夜更かし。気づけば、現実よりもスマホの画面の中にいる時間のほうが長いのでは？という状態。だが、そんな私がスマホに人生を狂わされる日が来るとは、さすがに予測できなかった──いや、予測変換が先に知っていたのだ。 例えば、仕事の合間に友人へLINEを送ったとき。「今夜カレー作る！」と入力しようとして驚いた。「カレー」と打ったのに、予測変換の第一候補が「火事」になっていたのだ。火事？ そんな物騒な言葉、普段使わない。気味が悪いな、と思いつつ、普通に「カレー」と打ち直して送信した。そして、その夜── 私は鍋の前で立ち尽くしていた。コンロの上では、炎がぼうっと上がっている。原因は、目を離した隙に吹きこぼれたルーが火を呼び込んだこと。幸い、すぐに水をかけて消火したので大事には至らなかったが、キッチンには焦げた匂いが充満していた。おかしい。スマホの予測変換が「火事」と言ったのは、偶然？ いや、そんなことがあるだろうか？ だが、このときの私はまだ、たまたまだと思っていた。次の日、「旅行」と入力しようとして、表示された予測変換を見て背筋が凍った。「遭難」 笑い話のつもりで友人にスクショを送ると、「ホラーすぎる」と爆笑された。でも、これはまだ序の口だった。この後、私のスマホはさらなる暴走を始める──。 翌朝、目覚ましよりも先にスマホの通知音で起こされた。 寝ぼけ眼で画面を開くと、旅行サイトからのセール情報が表示されている。「本日限定！格安沖縄ツアー！」──昨夜、友人と「旅行に行きたいね」と話していたせいだろう。スマホは私の会話まで聞いているのか？と思うほど、最近の広告は的確すぎる。 とはいえ、旅行の予定なんて今はない。でも、せっかくだから「沖縄」と入力してみた。すると── 「遭難」 ……いやいや、何その不吉な変換⁉ もしかしてスマホに呪われてる？ さすがに気味が悪くなり、変換候補をじっと見つめる。指が震えながらも、慎重に「沖縄旅行」と打ち直し、Googleで検索してみた。すると、トップに表示されたニュースが目に飛び込んできた。 「沖縄周辺で本日未明、観光船が行方不明」 え？偶然？……いやいや、怖すぎるでしょう⁉ とはいえ、まだ単なる偶然の可能性もある。私は理性的な大人だ。これくらいでビビるわけにはいかない。 とりあえずシャワーを浴びてリフレッシュしよう。 スマホを洗面台に置き、浴室に入る。お湯を出しながら、ふと考えた。もし、今「シャワー」と入力したら、どんな予測変換が出るのだろう？試してみたい気もするけど……。いや、やめておこう。もし「感電」とか出たら、もう風呂にも入れなくなる。 ([2] に続く)