鏡越しに目が合った自分が、ふっと微笑んだ気がした。 バーガンディ色の光沢が、窓から射し込む冬の朝日に照らされて、やわらかく輝いている。 このショートジャケット、初めて袖を通したけど、予想以上に心地いい。肩のラインはふんわりと丸く、袖の膨らみが優雅さを感じさせてくれる。袖口の柔らかなカーブは、どことなく絵画の中のクラシカルな貴婦人を思わせる。 今日のコーディネートのテーマは「洗練された遊び心」。 私は七海。21歳、都内の大学に通う学生だ。 ファッションにはちょっとしたこだわりがある。単なる服装の組み合わせじゃなくて、気分や季節、時には自分の内側までも映し出す、自分なりのアートだと思っている。だからこそ、今日はこのバーガンディ色のジャケットを選んだ。 ジャケットの下には白いクロップトップを合わせた。 少し肌寒い冬の日には、露出をためらうこともあるけど、このトップスを選ぶことで、コーデ全体に軽やかさを加えられる気がした。何より、純白の色がジャケットの深い赤を一層引き立てる。スカートはライトグレーのリブニットを選択。縦に走る細かなリブのラインが、冬の日差しの下でやわらかい陰影を生む。足元はベージュのショートブーツで、全体を締めつつも少しだけ抜け感を出してみた。 今日の空気は特別澄んでいる。窓を開けると、冷たい風がふわりと部屋に入り込んで、カーテンがかすかに揺れる。吐く息は白く、小さな雲のように空中でほどけていく。私はその冷たさを指先で感じながら、アクセサリーの準備をした。 耳元には、小さなパールのピアスを選ぶ。華美すぎず、それでいてしっかりと存在感を主張してくれる。手首には、祖母から譲られた細いシルバーのブレスレットをつけた。あまり目立たないけれど、このブレスレットには特別な思いが込められている。祖母が私に言ってくれた、「何か大事な日には、これをつけておきなさい」と。今日は大事な日ではないかもしれないけれど、自分を少しだけ大切にしたい、そんな気分だった。 髪は自然に下ろし、前髪は軽くアイロンで整えた。束感を少しだけ残しつつ、額に触れるか触れないかくらいの絶妙な長さを意識する。この髪型にすると、なぜか顔が明るく見える気がするのだ。 「今日はどこに行こうかな」 ふと、そんなことを考えながら、部屋を出る。扉を閉める瞬間、部屋の中に漂っていた淡いバニラの香りが一瞬だけ鼻をくすぐる。お気に入りの香水は、控えめだけれど、どこか温かさを感じさせてくれる。 外に出ると、都会の空気が冷たく顔に触れる。ビルの谷間を抜ける風が、ジャケットの裾をわずかに揺らす。街はいつもと同じ、けれどどこか特別に見える。 私は歩き出した。目の前には、よく通るカフェがある。ガラス張りの外観に冬の日差しが反射して、キラキラと輝いている。中に入ると、かすかなコーヒーの香りが漂い、店内には柔らかな音楽が流れている。席につくと、窓越しに外を眺めた。通りを行き交う人々、どの人にもそれぞれのストーリーがあるのだろうと思うと、不思議な感覚に包まれる。 注文したラテが届くと、手の中に伝わるカップの温かさがじんわりと心まで染み込んでいく。 ふとガラスに映る自分の姿を見て、思わず笑みがこぼれた。今日の私は、なかなか悪くない。ジャケットの赤が、まるで自分の中の小さな勇気を形にしてくれているような気がした。 一息ついたところで、本を取り出す。最近読み始めた詩集だ。言葉のひとつひとつが、心の中で静かに広がる。その中の一節をふと口に出してみる。「今日という日が、かけがえのない色に染まるように。」まるで今の私に向けて書かれた言葉のように思えた。 カフェを出ると、太陽は少しだけ傾いていた。冬の短い昼が、夕方へと移り変わる。ジャケットの赤が、オレンジ色の光に染まる瞬間、まるで世界そのものが私に話しかけているような気がした。 何も特別なことが起こらなくても、今日という日は間違いなく私の中に残るだろう。 赤いジャケットを羽織った私は、冬の街に自分だけの足跡を刻みながら、また歩き出した。 その足音がどこに続くのかは、まだ知らないけれど。