私の名はリュミエール。 この森に足を踏み入れるたび、世界が現実から少しだけ離れるような感覚に包まれる。青紫色の光が、樹々の隙間からこぼれ落ち、空気そのものが神秘のベールをまとったかのように揺れている。ここは祖母がいつも「奇跡の森」と呼んでいた場所。そして今夜、私の胸にはざわめくような予感が満ちていた。 柔らかい風が頬を撫でるたびに、私のピンク色の髪が宙で踊る。そのたび、髪は光を反射してさまざまな色に輝き、まるで夜明けを映す小川のようだった。ドレスの裾も風を受けてふわりと揺れる。淡いラベンダー色の生地には無数の蝶が刺繍され、細やかな輝きがその模様を引き立てている。このドレスを手にした瞬間、私は感じたのだ――これはただの衣服ではない、と。祖母の手で仕立てられたその布地には、魔法が宿っている。 「ようやく時が来たわね」と、どこかで祖母の声が聞こえた気がする。だが、それが幻聴なのか、森そのものの記憶なのかはわからなかった。私はその言葉に押されるように、さらに森の奥へと足を進めた。 足元の苔はしっとりとしていて、裸足でも冷たさを感じることはない。周囲には幾千もの蝶が舞い踊っている。翅の模様は一匹一匹異なり、その中には翡翠色の輝きを放つものもいれば、虹のような光を纏うものもいる。私は彼らの存在を目で追いながら、胸の奥に芽生える高揚感を感じていた。蝶たちは私を導いている――そんな確信があった。 ふと立ち止まり、空に向けて手を差し出す。すると、一匹の蝶が私の指先に舞い降りてきた。その翅は透き通っていて、月光が差し込むたびに七色に輝く。私は思わず囁く。「あなたも、私に何かを伝えたいの？」蝶はその問いに答えるように羽ばたき、再び宙へと舞い上がった。そして、まるで案内するかのように私の前を飛び始める。 私が歩みを進めるたび、周囲の光景が変化していく。木々の葉は金と銀に輝き、小川のせせらぎが次第に音楽のように感じられる。香りも変わった。甘く、切なく、どこか懐かしい花の香りが漂う。この森そのものが、私の記憶と深く繋がっているように思えた。 そしてついに、森の奥で一つのアーチが姿を現した。月光がそのアーチを包み込み、柔らかな光の幕が張られているように見える。その中を舞う蝶たちは、どこか儀式的な動きをしていた。私は一瞬ためらったが、不思議な力に引き寄せられるようにそのアーチをくぐった。 そこには、一人の青年が立っていた。銀髪が月の光を受けて煌めき、瞳は湖のように深い青。彼の姿は現実離れしていて、まるで古の物語から抜け出してきたようだった。ドレスと同じく細やかな刺繍の施された衣装を身にまとい、どこか優雅で神秘的な佇まい。 「リュミエール……待っていたよ。」 どうして彼が私の名前を知っているのか、わからない。ただ、その声はまるで昔から知っていたかのように私の心に溶け込んだ。「私を……待っていたの？」思わず問いかけると、彼は優しく微笑みながら頷いた。「君がここに来たということは、運命が動き出した証拠だ。」 彼が手を差し出す。私は迷いながらもその手を取った。その瞬間、まるで時間が止まったかのように、森全体が静寂に包まれた。蝶たちは私たちの周囲を取り囲み、光の軌跡を描きながら舞い上がっていく。 「君が探している答えは、この森の中にあるよ。でも、その答えは誰かから教えられるものじゃない。君自身が見つけるものだ。」彼の言葉に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。答えが私の内側にある――その言葉は、ずっと抑え込んでいた何かを呼び覚ましているようだった。 「でも、私は何も知らない。自分が何をすべきなのかもわからないの。」彼にそう打ち明けると、彼は優しい声でこう言った。「それでいいんだ。知らないことは恥ずかしいことじゃないよ。君がここにいるという事実だけで十分なんだ。」 彼の言葉に、私は涙がこぼれそうになった。これまで感じてきた不安や孤独が、彼の手の温もりによって解けていく気がした。そして、私を包む光と蝶たちの存在が、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。 私たちはそのまま森の奥へと歩き出した。どこに続くのかはわからないけれど、その道の先に何か大切なものが待っている気がした。蝶たちの囁きに導かれながら、私は自分自身を解き放つ旅に出る。