夜の森は静寂と闇の中で息をひそめている。 しかし、私はその暗闇に漂う無数の光の中にいた。 キノコの光だ。 透き通る黄色い輝きが私の肌に染み込むように広がっている。 その光は不気味でありながらも、美しく、目が離せない。 私はカナ。背中から肩、そして耳にまで、生えるようにキノコが張り付いている。 生温かい感触。 「触るな。彼らは私の一部だ。」 そう思わず口に出した。 でもこの奇妙な状態は、ほんの数日前まで信じられない 冒険の途中発端だった。 その始まりは、深夜の研究室だった。 「これが例の菌糸だ。光る森の謎を解き明かす鍵かもしれない。」 白衣を着た男が培養皿を私に差し出した。 黄色い微光を放つ菌糸。 目を奪われたのは、その美しさだけではない。 どこか、呼ばれているような感覚だった。 私は手袋越しにそれを指先で触れた。 その瞬間、脳裏に強烈な映像が流れ込む。 無数のキノコが暗闇でささやく声、そして彼らが奏でる光のリズム。 その中に立つ、一人の女性。 それは私だった。 「カナ、大丈夫か？」 声にハッと我に返る。 だが、遅かった。 菌糸が私の体の中に入り込んだ瞬間だった。 それから数時間後、私は高熱にうなされていた。 研究室の明るい蛍光灯がぼんやりと滲んで見える。 体の奥底で何かが動いているのを感じる。 「休むんだ、カナ。無理をするな。」 研究仲間が心配そうに言う。 だが、私はそれどころではなかった。 皮膚の下で広がる菌糸が、私の神経と結びつき、体の一部となっていく感覚。 「カナ、何か変だ。君の瞳が...」 鏡を見ると、瞳が淡い黄色に染まり始めていた。 それは恐怖と魅惑の入り混じる新しい自分だった。 そして、耳の裏で小さな芽が生え出した瞬間、私は悟った。 もう、引き返せない。 その夜、森に導かれるように足を運んだ。 闇の中で光るキノコたちが、私を歓迎するように揺れている。 その光は温かく、しかし不穏でもあった。 耳に咲いた小さなキノコが、かすかな音を奏で始めた。 それは風の音、木々のささやき、そして私自身の心臓の鼓動を映し出す旋律。 「カナ、聞こえる？」 それは人の声ではなかった。 森そのものの声だ。 「君は選ばれたのだ。私たちと共に生きる者として。」 私はその声に答えるように、手を伸ばした。 光るキノコが私の指先に触れると、全身が光に包まれる。 心の中で何かが弾け、別の何かが芽生えた。 それは恐怖ではなかった。 孤独ではなかった。 私は、彼らの一部となった。 光と闇が織りなす共生の輪の中で、新たな自分を見つけたのだ。 そしてその夜、森は私と共に輝きを増した。 世界の終わりのように美しく、しかし始まりのように静かに。 翌朝、私は目を覚ました。 キノコの光が消えることなく私を包んでいた。 身体中に宿る小さな光源たちは、まだ眠っているかのように静かだ。 でも、私は知っている。 彼らは私の一部であり、これからの私の運命を照らし続けるのだ。 森の奥へと続く小道が目の前に広がる。 その先に何が待つのか、わからない。 けれど、恐れはない。 耳元でささやく音がまた聞こえた。 「行け、カナ。未来はここから始まる。」 私は深呼吸し、一歩を踏み出した。 キノコの光が道を照らし、私の新しい旅路を祝福しているかのようだった。 その瞬間、森全体がまるで応えるように光を放ち始めた。 生きている。 私はその一部なのだ。 全てが繋がっている。 そして、私はもう孤独ではない。 森と共に、新しい未来へと向かっていく。 その時、私は悟った。 この光は希望だ。 暗闇の中で生きる全ての者にとっての、未来の灯火なのだ。 光るキノコの群れが、耳元から奏でる音楽。 私の手元に生えた小さなキノコたちは、まるで私の決意を祝福するように柔らかく震えている。 私の足元に広がる苔の道が、輝きを増していく。 まるで森全体が生きているかのようだ。 私は、ここで見つけた。 本当の居場所。 光の森が教えてくれたのだ。 「恐れることはない。」 私は微笑んだ。 未来が輝き始める。新しい命、新しい希望。 そして、全てが繋がっているのを感じる。 森と私。共に歩む旅路。