ハロウィンが近づくと、なんだか胸がざわつく。いつもとは違う、少しだけ冒険をしたくなるような、そんな不思議な気持ちが私を包み込む。今年は、思い切って魔女の姿で秋の森を歩いてみることにした。 名前はリリス。少し頼りない響きかもしれないけれど、こうして魔女帽をかぶると、なんだか少しだけ「らしく」なれる気がする。帽子は黒くて大きく、つばが風にひらりと揺れるたびに、秋の黄葉の隙間からこぼれる光が差し込んで、まるで魔法が宿っているみたい。お気に入りの紫のドレスは、深みのある濃い色で、風が吹くたびにふわりと広がり、森の中に小さな影を描く。胸元には黒いレースのリボンが揺れて、少し大人っぽい気分にさせてくれるのだ。 森の中は、秋の色で染められていた。赤や橙、黄色の葉が風に踊るように揺れて、地面にはカサカサと心地よい音を立てながら落ちていく。まるでこの道は、私だけのために用意された特別な小径のようだ。太陽の光は少し淡く、遠くの木々を淡く照らしている。木漏れ日は、黄色い光の粒になって、私のドレスの裾をそっと撫でていく。自然と顔がほころび、歩くたびに、まるで私はこの森の一部になっているような錯覚に陥る。 ハロウィンという日は、普段の自分とは違う自分になれる日。それでも、不思議と自然に感じる。私は「魔女」になりたかったわけじゃない。ただ、少しだけ、自分の心に耳を傾けてみたかっただけ。いつもは聞こえない心の奥底の囁きが、この森の中では少しだけはっきりと聞こえるような気がする。何かを求めているような、探しているような、そんな感覚。 歩きながら、ふと空を見上げると、濃い紫がかった雲が浮かんでいるのが見えた。夜が近づくのを感じさせる、あの独特な紫色。空気が少しひんやりと冷たく、頬に当たる風が秋の訪れを告げてくる。このままこの森で夜を迎えるのも悪くないかもしれない。暗くなった森の中で、きっと本当の魔女になったような気分になれるだろう。 ふと立ち止まり、葉の散る音を耳に傾けてみる。この音も、秋だけの特別な音楽だ。木々の間を流れる風が、優しく葉を撫で、カサカサと音を立てる。夜が訪れると、きっとこの音もまた少し違って聞こえるのだろう。 私はそっと目を閉じてみる。森の匂い、風の音、肌に触れる冷たい空気。すべてが私を優しく包んでくれる。魔女帽の重みも、今はなんだか心地よい。心の中に秘めていた不安や迷いが、少しずつ溶けていくような気がする。 このまま、秋の夜の闇の中で、どこか遠くへと旅立ってみるのもいいかもしれない。風に舞う葉と一緒に、どこか見知らぬ場所へと運ばれて、誰も知らない魔女のように新しい自分を探す旅。そんなふうに考えると、心がふわりと軽くなる。ここでは私は誰でもない、ただのリリス。だれも私の正体を知らない。私だけが、私を知っている。 そして、目を開けた時、空はすっかり夕焼けに染まっていた。深い紫の雲が浮かび、森は静かにその一日を終えようとしている。私はそっと微笑む。まだこの道の先に何が待っているのかは分からないけれど、きっと楽しいことが待っているに違いない。 今日もまた、少しだけ違う自分に出会えたような気がする。