私は、まるで暗闇に咲いた一輪の花のように、屋上に佇んでいた。街の夜景が広がるビルの上、満月の光が優しく降り注いでいる。黒いレザーのブラトップとショートパンツが、月の光を反射して輝き、私の姿をより妖艶に映し出している。太腿まで覆う長いブーツがしなやかな脚を引き立て、耳につけた猫のカチューシャが私の影に小さな尖ったシルエットを添えていた。頬に描いた猫のひげ模様も、なぜだか今夜の自分を少し特別な存在に感じさせる。 「フフッ…まるで本物の猫みたいね」と、私は小さく笑った。瞬間、風がふわりと髪を撫でていく。いつもなら冷たく感じるこの風も、今夜は心地よく、肌に温かな月光がまとわりつくようだった。なんでこんなに心が浮き立つのだろう？ただのハロウィンの仮装かもしれない。でも、それだけじゃない。どこか、この格好をした瞬間から、私は本当に猫娘として生きているような気がしていた。 耳を澄ませると、下から微かに聞こえるざわめきや、かすかな音楽の調べ。遠くのビルの窓越しに、ハロウィンパーティーを楽しむ人々の姿がちらりと見える。彼らが私を見つけたら、どう思うのだろう？月光に照らされた謎の猫娘が、都会の夜空をバックに微笑んでいるのを見て、驚くか、それとも… 「にゃん！」 私は小さくウインクしながら、猫のようにしゃがみ込んでポーズを決めた。高くヒールのついたブーツが床をわずかに鳴らし、月の光が顔に柔らかい陰影を描く。都会のビル群がぼやけた光の玉となり、背景で美しく輝いている。そのすべてが、私の存在を引き立て、まるで一枚の絵の中に溶け込んでいるかのようだ。 思わず、胸の奥に湧き上がる歓喜の感情に身を任せ、軽く飛び上がってみた。ふわりと舞い上がるような瞬間、風と一体になったかのように感じる。この夜、この場所、この格好…すべてが、私を違う世界に連れて行ってくれるようだった。空気は冷たく澄んでいるけれど、私の中は温かな感情で満たされている。 「今日はどこまで飛べるのかしら？」と、私はふと心の中でつぶやいた。もしかすると、このまま空へ駆け上がり、月まで跳んで行けるかもしれない。そんな不思議な力が、私には宿っているような気がした。ハロウィンの魔法にかかってしまったのかもしれない…いや、もしかしたら、私自身が魔法そのものなのかも。 ふいに、ビルの屋上の隅で誰かの視線を感じた。振り返ると、下の通りを歩く一人の少年がこちらを見上げていた。彼の驚いた顔と、私の目が一瞬だけ交わる。思わず微笑むと、少年は目を見開いて、そのまま立ち尽くしてしまった。どうやら、彼も私のことをただの仮装と思っていないらしい。 「秘密よ」と、口の中で小さくささやくと、少年に向かってもう一度、軽くウインクを送った。彼はポカンとしたまま動かず、私の姿を目で追っている。その純粋な驚きが、なんとも微笑ましく、そして少し照れくさかった。 だが、この夜が終わるころ、彼の記憶の中で私は幻のように消えていくだろう。猫娘は夜と共に現れ、夜と共に消えてしまう存在。だからこそ、儚くも美しいのかもしれない。そんな気がした。 「また会えたら、もう少し一緒に遊んであげるわよ」 私はそう心の中で誓いながら、屋上の端に立ち、夜の風を受けて軽く跳び上がった。ビルの明かり、街のざわめき、そして少年の驚きの目が一瞬のうちに遠ざかっていく。夜の闇と月光が私を包み込み、私をどこまでも遠くに連れて行ってくれる。