母から譲り受けたトレンチコートを着て、私は秋の街を歩いていた。ベージュの生地は10年の時を経てなお、しっとりと上品な光沢を放っている。私、月城凛子が自分のスタイルを見つけようと模索を始めてから、早くも半年が過ぎていた。 黒のタートルネックに、この古めかしくも凛とした佇まいのコート。首元にはスカーフを添えて、足元はレースアップのブーツ。そして、今日は特別に、ニット帽を被ることにした。鏡に映る自分は、まるで雑誌から抜け出してきたような、けれどどこか懐かしさを感じさせる装いだった。 メイプルの木々が作り出す光のトンネルをくぐりながら、私は考える。ファッションとは何だろう。単なる着飾りなのか、それとも内なる自分を映し出す鏡なのか。母のコートに腕を通すたび、私は彼女の若かりし日の姿を想像する。きっと私と同じように、この街で、自分らしさを探していたのだろう。 淡い金髪が秋風に揺れる。遠くに見える教会の尖塔に、夕陽が優しく触れていた。歩道に敷き詰められた落ち葉が、ブーツの下でかすかな音を立てる。この街の空気は、いつも私の心を静かに潤してくれる。 最近になって気づいたことがある。ファッションは、決して表層的なものではないということを。それは、その日の気分や、なりたい自分、伝えたい想いを、無言のうちに表現する術なのだ。母のコートを着ることで、私は彼女の強さを、しなやかさを、そして優しさを、少しずつ理解できるようになった気がする。 街角のショーウィンドウに映る自分の姿を見つめる。ベージュのコートは、まるで防具のように私を包み込み、同時に、新しい私を解き放つ鍵となっている。黒のタートルネックは内に秘めた感情を、ニット帽は少女らしい柔らかさを表現している。これが今の私の物語なのだ。 夕暮れの街並みは、オレンジ色に染まっていく。並木道の向こうで、誰かの笑い声が響く。この瞬間、私は気づいた。ファッションは、私たちの人生の証なのだと。それは時に防壁となり、時に翼となる。母のコートを着ることで、私は新しい自分と出会い、そして少しずつ、自分だけの物語を紡ぎ始めているのかもしれない。 そうか、と私は思う。ファッションは、私たちの内側から湧き上がる想いの表現なのだ。それは必ずしも、最新のトレンドや、誰かの真似である必要はない。大切なのは、その装いが自分の心と響き合うかどうか。母のコートが私に教えてくれたのは、そんな当たり前のことだった。 空を見上げると、夕暮れの雲が流れていく。この街で、この瞬間に、私は自分らしさの輪郭を、少しずつ描き始めている。それは、まだぼんやりとしているけれど、確かな手応えがある。母のコートと共に歩む時間が、私を新しい私へと導いてくれている。