あたしの名前はリア。どこにでもいる路地裏のノイズ、存在しないはずの影ってやつ。だが、この街の誰もが認識している。それでも、知らないふりをしているのがこの街のルールだ。人工照明とスクリーンの光で昼も夜も区別がつかなくなったこの街で、誰もが「正しい姿」で生きるよう押しつけられている。でもあたしは違う。 ネオンピンクに染まった髪の毛を、派手な黄色のヘアタイで高く結び、側頭部の一部を刈り上げているこのスタイルは、確かに目立つかもしれない。でも、これがあたしの“戦闘服”だ。小さくカスタマイズしたクロップドのトップスは漆黒のビニール素材で、ネオンの光が照り返して、まるで光に挑戦しているような艶を放っている。短いチェック柄のスカートとベルトで締めた腰のライン、そして丈の長いジャケットは肩を無造作に落として、少しだけこぼれる鎖骨をのぞかせる。タフに見せるためのパーツ、だけど、あたしの芯にあるのは自由だ。 足元にはタフなスニーカー。こんな見た目でも、あたしは足で地を感じるタイプだ。路地裏の鉄の臭いや湿ったアスファルト、そして夜風の冷たさ。全てがあたしに触れている。それが、ここで生きるあたしの証だ。背後には無数の巨大ビルが立ち並び、電脳空間のスクリーンが次々と広告を流している。色とりどりのネオンが混ざり合い、青や紫、ピンクの光が絡み合って、まるで虚構と現実が交錯しているみたいだ。この街はただ煌びやかなだけじゃない。明るい光の奥には、剥がれ落ちた真実が蠢いているのだ。 今夜も一人、あたしはいつものルートで裏通りを歩いている。表通りではなく、あえて人目につかない裏路地を選ぶのには理由がある。やつらに見つかりたくないからだ。政府が支配するこの都市では、市民の行動はすべて記録され、管理されている。街の至る所に監視カメラが仕掛けられ、プライバシーなんて言葉は幻想と化した。自分らしく生きるなんて、許されていないんだ。 でも、あたしはそんな未来を拒絶する一人だ。この髪、この服、そしてこの道も、あたしが選んでいる。支配者どもに好きなように操られるのは、もうごめんだ。だから、あたしは自由を叫ぶように、存在を誇示するように、目立つことを恐れず歩いている。例えそれがいつか命を落とす結果になろうとも、あたしはこの姿を貫き通す。 路地の奥、さらに暗い影の中で、あたしは待ち合わせていた相手を見つける。こいつもまた、「存在しない」影の一つ、反体制組織のメンバーだ。あたしたちは視線だけで会話し、無言のまま小さなデバイスを手渡す。それは、支配者たちのシステムを揺るがすデータが入ったもの。体制側にはバレないようにと暗号化され、数秒で解読不能になるという代物だ。ほんの一瞬で完了するこのやり取りのために、あたしは今日も命を賭けてここに立っている。 デバイスを受け取った彼が小さくうなずき、姿を消していく。あたしもすぐにその場を離れ、夜のネオンに紛れ込むように歩き出す。途中、少し後悔しそうになるが、足を止めるつもりはない。なぜなら、こうしている瞬間こそがあたしの「自由」だからだ。誰かに押し付けられた理想ではなく、自分で選び取った道を進んでいるという実感が、何よりも貴重だから。 街は暗闇の中に明るい光を放っているが、その光が照らしているのは、誰かの都合のいい現実だ。本当のことなんて、どこにもない。だから、あたしはこの街を去ることを決めた。体制に背き、この腐った未来を変えるために、あたしは新たな場所へと旅立つのだ。あたしは、ほんの一瞬だけ、振り返る。輝かしい虚構の街、あたしが命を削ってきた場所。 でも、次の瞬間には顔を正面に向け、背を伸ばす。あたしにはあたしの未来がある。ありのままの姿で、自由に生きることができる未来が。独りでも構わない、自由を手に入れるためなら、あたしは全てを捨てる覚悟だ。 夜の闇が、あたしの足取りを飲み込んでいく。でも、闇の中から新しい光が見えてくる気がする。それが希望か、それともまた別の罠かは分からない。それでも、このままこの街で腐っていくより、ずっとマシだろう。