駅のホームに立った瞬間、鼓動がひときわ高まる。私、リサはそのまま駆け出した。朝の陽が駅舎の高い窓から差し込み、柔らかな光が私の行く手を照らしている。髪が風に舞い、周りの人々がぼやける中、唯一はっきり見えるのは進む先だけ。振り返る暇なんてない。今はただ、あの約束の場所へ向かわなければならない。 黒いワンピースの裾が揺れ、肩にかけた薄いカーディガンがふわりと膨らむ。お気に入りのワンピースには花の刺繍が施されていて、ささやかながら勇気をくれる。決して派手なわけじゃないけれど、黒の生地に控えめなボタンがひとつずつ輝いているのが好きだ。私の気持ちに少し寄り添ってくれているようで、不思議と安心する。そんな服が、今朝この重要な日にちょうど選ばれたことに運命を感じた。 周りの人々は皆、駅の雑踏に溶け込んでいる。忙しそうに会話するビジネスマンや、観光客のグループ、それぞれの事情を抱え、足早に行き交っている。しかし、私には彼らの声がほとんど聞こえない。まるで、私だけが別の時間軸を走っているかのような錯覚に陥る。私の視線はただ、ホームの奥に停まっている列車へと向けられていた。 この駅には何度も訪れているのに、今日だけは景色がまるで違って見える。日差しがホームの床を黄金色に染め、天井の高いガラス窓から流れ込む光が、私の進む道を導いているように感じられる。私は小走りに進みながらも、その光にまるで吸い寄せられるように一歩一歩を踏みしめる。 何が私をここまで駆り立てるのか、自分でもよくわからない。ただ、あの人がいると信じて走っているだけだ。約束したわけでも、連絡を取り合ったわけでもない。けれど、今この瞬間、確信があった。今日、この場所で彼と再び巡り合う。それが運命だと信じていた。 突然、ホームの端で立ち止まり、深呼吸をする。心臓の鼓動が激しく響き、喉が渇く。吸い込んだ空気には、微かにスチームの匂いが混ざっていて、独特な駅の匂いが鼻をくすぐる。私は人ごみの中で彼の姿を探している。列車の窓越しに見えるのは、さまざまな表情を浮かべた乗客たちの顔だ。でも、どの顔も私が求めるものではない。胸に焦りがじわじわと広がる。もしかして、ただの思い込みだったのかもしれない。 ふと、自分の立っている位置に気づく。何度も立ち尽くした場所。そうだ、あの日、彼と出会った場所だった。時が止まったようなあの瞬間を、私は鮮明に覚えている。まるで映画のワンシーンのようにスローモーションで彼が歩み寄ってきたあの瞬間。そして、「また会おう」と言い残して去っていった彼。あの日から、私はずっとこの駅に通い続けている。もう二度と会えないかもしれないと知りながら、それでも彼を求めて、期待を胸にして。 ふいに背後から「リサ」と呼ばれる声が聞こえた。心臓が跳ね上がり、振り向くと、そこには彼が立っていた。少し変わったけれど、確かに彼だ。昔のままの優しい笑顔がそこにある。言葉に詰まった私を見て、彼は少し困ったように頭をかきながら微笑んでいる。 「ずっとここで君に会えると思っていたんだ」 その一言が、私の心を解放するようだった。長い間待ち続けた答えが、ようやくここにある気がした。何も言えないまま涙がこぼれそうになるのを、私は慌てて袖で拭った。彼は笑いながら、私の手を取ってホームの端へと歩き出す。その手の温もりが、かすかな不安を全て溶かしていくようだ。 列車が発車のベルを鳴らし、私たちはその音に包まれながら歩き続ける。未来がどうなるのかはわからない。でも、今ここにいる彼と私が一緒にいることだけは、確かだ。それがあれば、どこへでも行ける気がした。 駅の構内にはまだ朝の光が降り注ぎ、私たちの影が長く伸びている。彼と出会ったことが特別な出来事への序章であることを感じながら、私はその影を見つめ、足を止めない。