窓からひんやりとした風が吹き込んできて、髪がふわりと揺れる。陽射しが心地よくて、車の窓枠に肘をかけて外を眺める。隣のシートでハンドルを握っているのは、幼馴染みのレン。小さな頃から一緒にいる彼とは、どこに行くでも気まずくならないし、何か話そうとしなくても平気。無言が心地いいって、案外貴重なことだと思う。 「ミナ、今日も顔に出てるぞ、ドキドキしてるの」 からかい気味のレンの声に、私はちょっとムッとしながらも、頬が熱くなるのを止められなかった。彼がわざと楽しそうに笑うから、負けじと明るく返す。 「別にドキドキなんてしてないし！　ただ、こういう急なドライブは意外だったってだけ」 確かに、今日のドライブは唐突だった。朝、レンから「今日はどっか遠出しない？」ってLINEが届いた時には、最初は驚いたけど、断る理由なんて一つもなかった。レンとならどこへ行ったって楽しいし、それに、この退屈な日常から少しでも抜け出したい気分だったから。 車は少しずつ街を抜け、緑の多い田舎道へと入る。遠くには山が見えて、まるで冒険に出かけるみたいな気持ちがじわじわと湧いてきた。窓の外を眺めると、青々と茂った木々や、揺れる野草が風に揺れている。陽射しは眩しいけど、澄んだ青空の下、少しだけ夏の匂いがして、なんだか無性に心が弾む。 「こういう何もない場所、案外いいよな」 そう言いながらレンが微笑む。彼の横顔を見ると、いつもとは違う表情で、ちょっとだけ大人びて見えた。私たちは今、高校を卒業してから進路も決まってない状態。だけど、なんとなく焦らずにいられるのは、レンとこうして特別な「今」を共有できているからかもしれない。 私は窓から身を乗り出して、心地よい風に顔を当てる。髪が風に流されて、どこかに飛んで行きそうな気分。太陽の光が髪に差し込むたびに、黒髪がキラキラと輝いて、自分が映画のワンシーンにいるような気がしてきた。白いＴシャツはシンプルだけど、こういうカジュアルな格好が一番似合ってると言われるし、何よりも自由な気分にさせてくれる。 しばらくして、車は少し開けた丘の上に停まった。見晴らしがよくて、遠くまで広がる景色が一望できる場所だ。私たちは無言で車を降りて、その景色を見つめた。目の前に広がるのは、青い空と緑の大地、そして太陽の光を浴びてきらめく川。レンが横で肩を並べると、私はふと手を伸ばして彼の腕を掴んだ。 「ねえ、私たちってさ、このままでいいのかな？」 口から出た言葉は、自分でも驚くほど素直なものだった。進路も未来も、何もかもが不確かで不安だったから。レンは少し黙っていたけど、やがて微笑んで私を見つめ返してくれた。 「大丈夫だよ、ミナ。今は何かを決める必要なんてないんだし、今日みたいに自由に過ごしていれば、いずれ見つかるさ」 その言葉に、私の心はほんの少し軽くなった。彼といると、不安が消えるわけじゃないけど、少なくとも一人で抱え込む必要はないんだって思える。それだけで、もう一歩先に進める気がするから不思議。 私たちは並んで座って、どこか懐かしいような田舎の風景を眺め続けた。静けさの中で、ふいに風が吹き抜けて、草や木がさらさらと音を立てる。それがなんだか優しくて、心が温かくなった。 「これからも、こういう瞬間をたくさん持っていきたいな」 そうつぶやいた私に、レンは軽く肩をすくめて応えた。 「それも悪くないな。でも、もう少し刺激が欲しいなら、次はもうちょっと遠くに行ってみる？」 彼の言葉に、私は笑った。こんな風に何も決めずに自由に過ごす日が、どれだけ大切なものか。この瞬間が、きっと何年か後に「大切な思い出」として心に残り続けるんだろう。 それが嬉しくて、私は風に乗せて小さく「ありがとう」とつぶやいた。