白い陽光が差し込む窓辺で、私はそっとスカートの裾を掴んだ。ふわりと広がる青の生地が、夏の空を映すように揺れる。その瞬間、胸の奥に何かがざわめいた。この色は私のものじゃない。そう思いながらも、なぜか視線が離せなかった。まるで青が私を引き寄せ、どこかへ連れて行こうとしているみたいに。 名前は千紗（ちさ）。普通の女子高生だった……昨日までは。だけど、今日からはもう違う。この髪の先を見て、気づかない人はいない。染めたわけじゃないのに、髪の毛の先が夜明けの空みたいな青に変わっていた。親にどう説明すればいい？友達にはなんて言えばいい？考えるだけで頭がぐるぐるしてくる。でも、それよりも気になったのは、青になった自分の髪が妙に自然に感じることだった。 私はお気に入りの白いキャミソールと青いスカートを身につけていた。青という色は本当はあまり好きじゃない。けれど、今日はなぜかその色を選んでしまった。鏡に映る自分の姿がどこか別人のようで、不思議な違和感を覚える。それでも、服の柔らかな生地が肌に馴染む心地よさが、少しだけ私の心を落ち着けてくれた。 朝、学校に向かう道を歩きながら、私はそっとため息をついた。見慣れた住宅街の景色が、今日はどこか違って見える。気のせいだろうか。それとも、私が変わったから世界の見え方も変わったの？ぼんやりと考えながら歩いていると、不意に風が吹いた。その風は軽やかで涼しく、どこからか私の名前を呼ぶような気がした。 振り返ると、そこには一人の男の子が立っていた。青いパーカーを羽織った細身の少年。まるで絵本から抜け出してきたような不思議な雰囲気のある人だった。「君、髪が綺麗だね」と彼は言った。その言葉に、私は一瞬、足を止めてしまった。 「……ありがとう。でも、変だよね。いきなりこんな色になっちゃってさ」 「いや、変じゃないよ。それは君の力が目覚めた証拠だ」 え？何を言っているの？彼の言葉の意味がまったく理解できなかった。力？目覚め？私はただの高校生だ。それなのに、彼は確信を持った声で続けた。「その髪は“青い風”の証だよ。君が選ばれたんだ」 まるで夢みたいな話だったけれど、彼の真剣な表情に、冗談だとは思えなかった。そしてその瞬間、私の中に一つの記憶がよみがえった。小さな頃、夏の海辺で遊んでいた時に、不思議な風が吹いていたことを。あの風はどこから来たのかと、子どもながらに不思議に思った記憶が鮮明に蘇る。 「何を信じるかは君次第だ。でも、君はこれから何か大きな選択をすることになる。それだけは伝えておきたくて」そう言って、彼は去っていった。青いパーカーの背中が遠ざかる。その背中を追いかけたい気持ちと、現実を受け入れたい気持ちがせめぎ合う。私は立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。 その日の夕方、学校からの帰り道、再び風が吹いた。その風は私を包み込み、言葉を持たない声で私に何かを伝えようとしている気がした。そして次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、気づけば見知らぬ場所に立っていた。 そこは、青い光に満ちた不思議な世界だった。空も地面も全てが淡い青のグラデーションで覆われている。その中で、私の髪の色だけが鮮やかに輝いていた。そして目の前には、あの少年が再び現れた。「ようこそ、“風の境界”へ」 彼は笑みを浮かべながら言った。「ここは君の力を試す場所だ。この先、君は自分の未来を選ぶことになる」 不意に足元が光り始める。選ぶ未来……その言葉が脳裏で繰り返される中、私は一歩を踏み出すことにした。それが何を意味するのかは分からない。けれど、この青い世界が私に与えた希望と恐怖を抱えながら、私は進むしかなかった。 そして最後の一歩を踏み出した瞬間、私は目を覚ました。見慣れた自分の部屋に戻ってきていた。でも、ただ一つ違ったのは、私の髪が以前のような黒に戻っていたこと。 すべてが夢だったのかもしれない。でも、枕元に置かれた小さな青い羽根だけが、それが現実だったと語っていた。 ──私はまだ、あの風に導かれているのだろうか。