[ (1) のつづき ] 「ありがとう」 お椀を両手で包み込みながら、私はぽつりと呟いた。 女将は少し驚いた顔をした後、目を細めて笑った😊 「味噌汁にお礼を言われたのは初めてかもしれないねぇ」 「……私、ずっと味噌汁を避けてたんです。飲むと、思い出してしまうから」 「ほぉ……思い出？」 私は一度、深く息を吸い込んだ。温かい湯気の向こうに、遠い記憶が揺れている。 「祖母が作る味噌汁が大好きでした。でも、祖母が亡くなってからは、あの味が消えてしまうのが怖くて……飲めなくなったんです。味噌汁が変わっていくことが、記憶が薄れていくみたいで。だから、どこへ行っても、味噌汁だけは避けていたんです。」 女将は静かに私の言葉を聞いていた。そして、しばらくして、ふっと笑った。 「なるほどね。でもね、お嬢さん、変わらない味なんてものは、どこにもないんだよ🌿」 「え……？」 「うちの味噌汁も、毎年変わる。味噌が熟成すれば風味が変わるし、山のきのこだって年ごとに違う。だけど、変わるからこそ、毎年 ‘今年の味’ を大切にするのさ。そういうものさね、人の記憶も」 私は、お椀の中をじっと覗き込んだ。 琥珀色の味噌汁に、自分の顔がぼんやりと映っている。その隣に、祖母の笑顔が見えた気がした👵✨ 変わることは、失うことじゃない。 そう、女将が言いたかったことは、それなんだろう。 「変わっていくものを、大事にしていけばいいんですね」 「そうさね。だからほら、また旅先で味噌汁を飲みなさい🍜 味噌汁は、どこで飲んでも、その土地の ‘今’ を教えてくれるものだから」 私は、お椀を両手で持ち直した。そして、もう一口、味噌汁を飲んだ。 すると、心の奥でずっと固まっていた何かが、ふわりとほどけていくのを感じた✨ 食堂を出ると、温泉街の空は淡い茜色に染まっていた🌇 私は、駅へ続く石畳の道をゆっくりと歩きながら、ふと思った。 この旅は、疲れを癒すためのものだったはずなのに、私は何かを見つけてしまったみたいだ。 次の旅先では、どんな味噌汁に出会えるのだろう？ もう、味噌汁を避けることはしない。変わりゆく味を、変わりゆく自分を、これからはちゃんと味わっていこう。 そう思いながら、私は空を見上げた🌿☁️ [ おわり ]