夏の陽光が草原を黄金色に染める午後、彼女はいつもの場所に立っていた。白いブラウスが風にそよぎ、長い黒髪が頬をなでる。 目の前に広がる田園風景は、変わらぬ美しさを湛えている。黄色い野花が咲き乱れ、小さな池には睡蓮の葉が浮かぶ。遠くには赤い屋根の家が見え、その向こうには緑濃い丘陵地帯が続いている。 しかし、彼女の心は晴れない。この場所で過ごした幼い日々の思い出が、胸に重くのしかかる。友との約束、家族との温かな時間、そして初恋の甘美な記憶。それらは今や、彼女の手の届かないところにある。 都会での新生活が始まるのは明日。憧れていた未来への一歩だ。けれど、この懐かしい風景を後にする寂しさは、胸の奥深くに根を下ろしている。 彼女は深く息を吐き出す。風に乗って、淡い花の香りが漂ってくる。それは、彼女の心に小さな慰めをもたらす。 この景色は、いつまでも変わらずにここにあり続ける。そう思うと、少しだけ勇気が湧いてくる。彼女は静かに目を閉じ、この瞬間の全てを心に刻み込む。 明日への不安と期待が入り混じる中、彼女は最後にもう一度、愛しい故郷の風景を見つめた。そして、新たな章へと歩み出す決意を胸に、ゆっくりとその場を後にするのだった。