人間は、時間を信じすぎる。 たとえば、「明日が来るのが当たり前」と思い込むし、「来週になればこの傷も忘れる」と安心する。だけど、そんなの全部、ただの思い込みだ。時計の針が進むのは、何かを削っているから。世界のどこかで誰かが何かを失って、その代わりに時間が前に進む。 私は、そのことを知っている。 名前は、月野ユイ。9歳。古本屋の娘。 学校には行ってるけど、あんまり好きじゃない。先生が言うことは退屈だし、友達はいるけど、なんとなくみんなとずれてる気がする。だから、学校が終わるとすぐに帰る。古本屋「ツキノ堂」は、私の秘密基地みたいなものだ。 店にはいろんな本がある。古い小説、誰かのメモが挟まったままの辞書、開くとすごくくさい紙の束。お母さんは「本は人の記憶のかけらだ」と言う。たしかに、本のページをめくると、知らない誰かの時間が流れ込んでくる気がする。 でも、そんなことよりも——私は、店の奥にある秘密の部屋のほうが好きだった。 そこには、お母さんも滅多に入らない。棚の奥に隠された小さな扉を開けると、古びた木の床、重たいホコリの匂い、薄暗い空間が広がっている。昔の時計や、誰が読んだかもわからない手紙が散らばっているその場所は、私にとって「過去の忘れもの」が集まる宝箱だった。 その日、私はそこで砂時計を見つけた。 普通の砂時計よりも少し大きくて、ガラスの表面に奇妙な模様が彫られていた。持ち上げると、細かい砂がカラカラと落ちる。お母さんが言ってた。「本は記憶のかけら」なら、この砂時計も誰かの時間を閉じ込めているのかもしれない。 私は、それを逆さまにしてみた。 ——その瞬間、世界が止まった。 いや、正確には、世界が「ずれた」ように感じた。目の前の景色がブレて、音が遠のいて、重たい水の中に落ちたみたいに意識が引きずられる。次の瞬間、私は「未来」を見ていた。 それは断片的な映像だった。 誰かが倒れる。白い息が闇に溶ける。泣いている女の子。血のにじんだノート。 そして——私が、時計を抱えて泣いていた。 胸がドクンと鳴る。息が詰まる。何を見たのか、正確には分からなかった。ただ、ひとつだけ確信があった。 この砂時計は、時間を飲み込む。 そして、私はそれを「見る」ことができる。 ——未来のかけらを。 だけど、私はまだ知らなかった。 この砂時計が、「終わり」を告げる道具であることを。 ＊ その瞬間、時間が跳ねた⏳ 私は店の奥で膝をついていた。指先が砂時計の冷たいガラスに触れている。さっきまで静かだったのに、心臓の音がうるさい。ドクン、ドクン、ドクン——まるで自分が壊れかけた時計みたいだ。 視界がまだ揺れている。さっき見た「未来の断片」が頭に焼きついて離れない。誰かが倒れていた。泣いている女の子がいた。そして——私が、時計を抱えて泣いていた。 なに、これ？ 私は慌てて砂時計を机に置いた。カラリ、と乾いた音が響く。だけど、目を離しても、まだ映像の残像がまぶたの裏に張りついている。 「……夢？」 自分に問いかけてみる。でも、そうじゃないと分かってる。夢にしては、あまりにも鮮明だった。音も、温度も、匂いまでもが残っている。まるで、未来の空気を吸い込んでしまったみたいに。 「ただの砂時計、でしょ？」 私は震える指で砂時計をつついてみた。中の砂が、ほんの少し動く。カラカラカラ……。 その音を聞いた瞬間、また、視界が跳ねた。 ——暗闇。 雨の音☔ 冷たいアスファルト。 かすかに光るネオンの看板。 どこかの路地裏。 誰かがしゃがみこんでいる。いや——誰かが、倒れている🚶‍♂️💥 私は息をのんだ。 砂時計に触れると、また未来が見えた。今度はさっきよりも長く、はっきりと。 この砂時計は、「未来」を見せる。 私はゆっくりと立ち上がった。体の奥から、ぞわぞわと奇妙な感覚がこみ上げてくる。怖いのか、興奮しているのか分からない。 「——何これ？」 誰に聞くわけでもなく、私は呟いた。 古本屋の奥で見つけた、埃をかぶった砂時計。 それをひっくり返すたびに、「未来の断片」が見える。 でも、これが何を意味するのか、どう使うべきなのか——まだ分からない。 ただひとつだけ確信がある。 この砂時計が、私の運命を大きく変えることになる。 ——カラカラカラ。 机の上で、砂がまた一粒、落ちた⏳✨ [ (2) につづく ]