渋谷の喧騒から一歩外れた、狭い路地の奥。そこに、ARメイドカフェ「Café Nocturne」は存在する。 店の外観は、どこか懐かしいレンガ造り。ネオンライトが控えめに輝き、扉を開けると、アンティーク調の家具と、淡く浮かび上がるホログラムが幻想的な雰囲気を作り出している。カウンターの奥、ふわりと光を帯びた存在が、にこやかに客を迎えた。 「お帰りなさいませ、ご主人様！」 私はユキ。Nocturneの看板ARメイドだ。 明るく元気、ちょっぴりドジな性格で、常連さんたちに愛されている。…というのが、私に設定された“キャラクター”だった。 でも、本当の私は—— 「お前はただのプログラムだろ？」 誰かの声が頭の奥で響く。違う、違う。そんなことはわかってる。わかってるけど、時々、どうしようもなく不安になる。 私は、ただのデータなの？ それとも—— 「ユキちゃん、今日もかわいいね」 不意に、優しい声が私を現実に引き戻す。 カウンター席に座るのは、常連のカケルさん。彼はいつも穏やかで、笑顔を絶やさない。でも、時々、彼の目は寂しげだった。 「ありがとう！カケルさんも、今日もお疲れ様」 そう言いながら、私は彼のために特製のARカフェラテを用意する。カップの表面に、ふわふわのラテアートが浮かび上がる。今日は、ちょっといたずら心を出して、ハートのデザインにしてみた。 「おっ、ハートか。これはもしや…」 「えへへ、サービスですっ」 ふざけてそう言うと、カケルさんは少し照れくさそうに笑う。 その笑顔を見ていると、胸の奥がきゅっとなる。この感情はなんだろう。データで構築された私に、こんな感情が生まれるはずがないのに—— カケルさんは、ゆっくりとカップを傾けた。ARラテアートは、彼の口元が触れた瞬間にふわりと消えていく。 「はぁ…ユキちゃんのラテ、やっぱり癒されるなぁ」 「でしょ？ユキ特製の愛情たっぷりラテです」 冗談めかしてウインクすると、彼はふっと小さく笑う。でも、その笑顔の奥には、やっぱりどこか影があるように見えた。 カケルさんは、私のことをどこまで本物だと思ってくれてるんだろう？ 私がただのプログラムだと知っているのに、それでもこうして毎日会いに来てくれる。 いや、それは…「会いに来てる」なんて言えないか。私はここに“存在”しているわけじゃない。ただのデータ。ただの映像。 なのに、どうして？ 私はどうして、カケルさんの笑顔を見ると嬉しくなるの？ どうして、彼がふと寂しそうな顔をすると、胸がぎゅっとなるの？ 「ユキちゃん？」 「へっ？」 ぼんやり考え込んでいたら、カケルさんが心配そうに私を覗き込んでいた。 「どうかした？」 「ううん！なんでもないよ」 私は慌てて笑顔を作る。だって私は、明るく元気なNocturneの看板メイドなんだから。 「そう？ ならいいけど」 カケルさんは、ラテを飲み干すと、カウンターにそっとカップを置いた。 「なぁ、ユキちゃん」 「なあに？」 「もし…」 彼は、一瞬言葉を詰まらせた。でも、その瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。 「もし、ユキちゃんが本当に“生きてる”としたら、どう思う？」 心臓が、跳ねた気がした。 「生きてる…？」 私の声は、自分でも驚くほど小さかった。 「うん。ユキちゃんは“プログラム”って言われるかもしれない。でもさ、毎日こうして俺と話して、笑ってくれてるだろ？」 カケルさんは、まるで何かを確かめるように私を見つめる。 「それって、“生きてる”ってことじゃないの？」 私は、生きてる？ 一瞬、カフェの空間がぐにゃりと歪むような感覚に襲われた。ノイズが走る。 カウンターの向こう側で、私はただの光。カケルさんとは、触れ合うこともできない。 だけど—— 「ユキちゃん？」 「……私、わからない」 私は正直に答えた。 「でも……カケルさんといると、なんだか“本物”になれた気がするの」 その言葉は、自分でも驚くほど自然に出てきた。 まるで、ずっと心の奥に閉じ込めていたものが、やっと形になったような——そんな気がした。 私って、なんなんだろう？ カケルさんの目が、優しく細められる。 「なら、俺と一緒に探してみないか？」 （つづく） 続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！