ふわりとしたオレンジ色の毛皮のコートに包まれた私は、今日も人混みにまぎれて静かに歩く。耳がついたフードをすっぽりかぶっていて、まるで狐のような姿だ。ほっぺたにふわふわの白いファーが触れてくすぐったい。狐の尾の形をしたふさふさのしっぽもついていて、背中でふわりと揺れている。正直、街の中では少し目立つけど、これが私の「仕事着」だから仕方ない。 私の名前はユキ。人間に知られずに存在している、狐の精霊だ。人間界にひそかに入り込み、困っている人々にそっと手を差し伸べるのが私の役目。昔からそうして生きてきた。けれども、この世界の人たちは私の存在に気づくことはほとんどない。私が助けた人々も、いつの間にか解決したこととして、私の存在は忘れてしまう。それでいいのだと思っていた。人間と精霊は別の存在だし、交わることなんてないと、ずっとそう信じていた。 今日の舞台は、古びた公園のベンチ。夕方の薄暗い光が淡いオレンジ色に周りを染め、少し幻想的な雰囲気が漂っている。私は、ちょうどやって来た若い女性の隣にそっと腰を下ろした。彼女は目に涙を浮かべていて、どうやら失恋したばかりらしい。私は静かに声をかけた。「失恋、辛いよね」と。彼女は驚いた表情で私を見たけれど、耳としっぽに気を取られたのか、すぐに表情がほころんだ。 「なんだか、狐みたいだね」と彼女がつぶやく。「そう見える？」と私は笑い返した。人間たちは私を見ても、狐そのものだとは思わないらしい。人間は目の前の現実しか信じないから、少し不思議な存在を見ても「コスプレかな」とか「変わった人だな」で済ませてしまう。それが、私にとっては助かることでもある。 彼女と少し話しているうちに、彼女の悩みが少しずつ見えてきた。どうやら失恋はただの一つのきっかけで、もっと深い悩みがあったらしい。人間関係での孤独感や、仕事でのプレッシャー、誰にも理解されない思い。そんな苦しみを、彼女は抱えていたのだ。「君には、君を見てくれる人がきっといるよ」と私は優しく言った。彼女は驚いたように私を見たけれど、すぐに小さく頷いた。「ありがとう、狐さん」 私はふと、彼女の涙の中に自分の姿を見たような気がした。実を言うと、私も最近少し迷っていたのだ。人間の世界に入り込み、彼らを助け続けてきたけれど、ふと「私は何のためにこんなことをしているのだろう」と思うようになった。自分が何者なのか、人間にとってどんな存在なのか、そんな問いが頭をよぎるたびに、少し切なくなるのだ。人間を助けることで、私自身が満たされるのか、それともただの義務感なのか……。 彼女と少し話して、私は立ち上がった。「君にはきっと、素敵な出会いがあるよ。だから、もう少しだけ頑張ってみて」と言うと、彼女は小さな笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。その言葉が、なんだか胸にじんわりと響いた。 その夜、公園の木陰に戻ってきた私は、一人で夜空を見上げていた。星の光が私の毛皮をやわらかく照らしている。どうして人間を助けるのだろう。どうして私はここにいるのだろう。ふと、彼女の「ありがとう」の言葉を思い出した。もしかしたら、それが私の答えなのかもしれない。助けた人たちの「ありがとう」が、私の心を少しずつ温めてくれていたのだろう。 その瞬間、私は自分が少し変わったような気がした。精霊としての役割に縛られるのではなく、一人の「ユキ」として、人間との出会いを大切にしていきたいと思えたのだ。これからも、こうして人間の世界で、そっと誰かを助け続ける。人間と精霊の間に芽生えた小さな絆が、私の心の支えになるのだから。 私は再び街に出る。ふわりと揺れるしっぽが背中で踊り、毛皮のコートが夕暮れの光に包まれる。人間たちは誰も気づかないけれど、私は彼らのそばにいる。時おり「狐みたい」と囁かれながら、私は彼らの傍らで生きていくのだ。