午後の陽射しがカフェの窓を通して木漏れ日のように差し込み、店内のあたたかな木目の家具を黄金色に染めていました。その穏やかな光の中、私はカフェの窓際席でカフェラテを手に、小さなため息をつきました。名前は美咲（みさき）。こんな平凡な日々を送る私にも、特別な瞬間なんて訪れるんだろうか、と考えながら。 私はよくこのカフェに来ます。心地よい照明と、ほのかに香るコーヒー豆の匂いに包まれると、日常の喧騒が少しだけ遠のく気がするからです。この日は黒いリブニットのトップスに、カジュアルなジーンズを合わせたシンプルな格好。髪は明るいブラウンで、最近お気に入りのサイド編み込みを入れてみました。なんというか、自分なりに「大人かわいい」を意識したつもりだったけれど、正直それを見せる相手もいません。ただの自己満足です。 そんな私の目の前にはカフェラテとクロワッサン。誰かと来ているわけでもなく、一人でのんびり過ごすいつもの時間。だけど今日は少し違っていました。少し先のカウンターで、迷子のように視線を泳がせる男性が目に入ったんです。20代後半くらいでしょうか。彼はメニューを見て眉間にしわを寄せたり、手元のスマートフォンをちらっと見たり、まるでこのカフェに初めて来たようでした。 私はその様子をぼんやり眺めていましたが、彼と目が合った瞬間、心臓が少し跳ねました。焦って視線をカフェラテに落としましたが、なぜか頬が熱くなるのが分かりました。「なんでこんなことで緊張するんだろう？」と心の中で苦笑い。けれど、その瞬間から彼の動きが気になり始めました。ドリンクを受け取った彼は、どうやら席を探している様子。そして――運命のいたずらなのか、彼は私の向かい側に座ったのです。 「すみません、ここ、空いてますか？」 その一言に、私の思考は一瞬止まりました。 「え、あ、はい、どうぞ！」 おかしなくらい慌てて答える私。心の中で「落ち着いて！」と何度も自分に言い聞かせました。でも、その時の私はたぶん顔が真っ赤だったと思います。 彼は座ると少し照れくさそうに「ありがとうございます。急に人が増えてびっくりしました」と話しかけてきました。その言葉に少し安心した私は、「このカフェ、いつも混んでるんですよ」と自然と笑顔になれました。 その後、彼は自己紹介をしてくれました。名前は悠斗（ゆうと）。今日は友達におすすめされたこのカフェに初めて来たのだとか。話を聞いているうちに、彼がちょっと天然で、でも真面目な性格だということが分かりました。「コーヒーの種類が多すぎて、どれがいいのか分からなくて」という彼の言葉に思わず笑ってしまいました。 話が弾むうちに、私は自然と自分のことも話していました。なぜか初対面のはずの彼には、普段は口にしないようなことまで話してしまったのです。仕事でのちょっとした失敗のことや、最近落ち込んでいた理由、そしてこのカフェが私の癒やしの場所であること。彼は真剣に聞いてくれました。その優しい瞳に、私は少しだけ自分が救われた気がしました。 気がつけば、外は夕焼け色に染まり始めていました。悠斗さんは最後にこう言いました。「美咲さん、もしよかったら、またここでお会いしませんか？」 その言葉に、私は驚きながらもうなずきました。どうしてか分からないけれど、次も彼とこのカフェで会いたい、そう思えたのです。 カフェを出る時、私は小さく笑いました。こんな普通の一日が、こんなにも特別な一日になるなんて思わなかった。日常の中の特別な瞬間。それを教えてくれたのは、偶然隣に座った、ちょっと不器用な彼でした。 次のカフェデートが楽しみです。