カチ、カチ、カチ——マウスをクリックする音が無機質に響く。 夜のオフィスには、私と数人の部下だけが残っていた。 デスクの上には、企画書、スマホ、コーヒーの空き缶。SNSのトレンド分析のために開いたノートパソコンの画面は、次々と流れるツイートで埋め尽くされている。 「これじゃダメね……」 思わずため息が漏れる。 広報課長の私、山田美咲（やまだ みさき）、三十四歳。大手飲料メーカー・エースフーズの広報戦略を担う立場にいる。会社の存続をかけた新商品「Re:Fresh」の発売まで、あと一ヶ月。にもかかわらず、目玉となるキャンペーンのアイデアが浮かばない。 新しさがない。インパクトが弱い。バズる要素がない。 チームのみんなも疲れが見えている。二時間前までは意見を出し合っていたが、今は沈黙が支配している。 私はスマホを取り上げ、指でスクロールする。 流行のハッシュタグ、TikTokのバズ動画、インフルエンサーの投稿……どれも目を引くものばかり。でも、そこに「私たちの商品を売るためのヒント」があるのか？ 「山田さん、今日ってもう解散にしませんか？」 隣の席から声がした。田中優人（たなか ゆうと）、二十四歳。この春入社したばかりの新入社員だ。茶色の髪を無造作にセットし、スーツのネクタイを緩めている。疲れた顔をしているのに、どこか余裕のある笑みを浮かべていた。 「もう少しだけ。せめて方向性だけでも決めておかないと」 「方向性ですか……」 田中は首を傾げ、しばらく考えてから、ポツリと言った。 「バズらせるのって、何が大事だと思います？」 「話題性、共感性、拡散力……まあ、いろいろあるわよね」 「うーん……“意外性”とかも大事じゃないですか？」 「意外性？」 「例えば、みんなが予想もしないような広告。飲料メーカーなのに、飲み物を全然推さないとか」 私は眉をひそめる。 「ちょっと待って、それって……どういうこと？」 「まだざっくりなんですけど、逆張りのマーケティングって最近流行ってるじゃないですか。あえて普通と違うことをする。例えば、食品のCMなのに、食べ物を一切映さないとか。視聴者は『え？ なんで？』って驚く。その瞬間に印象が刻まれるんです」 確かに、それは最近のSNSでよく見る手法だ。特に若者の間では、常識を覆すコンテンツがバズりやすい傾向がある。でも、それが自社の商品に応用できるのか？ 「ちょっと、やってみます？」 田中がニヤリと笑う。 その笑顔は、妙に自信に満ちていた。 「やってみるって……具体的に？」 私はペンを回しながら田中を見つめた。彼はテーブルの上にあったメモ帳を手に取り、サラサラと何かを書き始める。 「例えば——」 彼はペンを置き、私にメモを見せた。そこには、大きくこう書かれていた。 『水のない飲料CM』 「……は？」 思わず眉をひそめる。何を言っているのか、一瞬理解できなかった。 「普通、飲料のCMって、キンキンに冷えた缶が汗をかいてたり、炭酸が弾けたり、そういう『美味しそう』って思わせるビジュアルが大事ですよね？」 「当然でしょ。だって、飲んでほしいんだから」 「でも、逆に考えてみてください。“水がない世界で、唯一存在する飲み物” っていう設定だったら？」 私は、頭の中でその映像を想像した。 砂漠のように乾いた都会。炎天下の中、人々が喉の渇きに耐えながら歩いている。そして、ある人物が手にするのは、たった一本の「Re:Fresh」。 「……確かに、インパクトはあるわね」 「ですよね！　CMの冒頭は、誰も飲み物を持っていない世界。でも、最後にたった一人が『Re:Fresh』を手に入れる。その瞬間、視聴者は『なんだこれは⁉』って興味を持つはずです」 田中は身振り手振りを交えながら話す。彼の目は輝いていた。 「でも、それだと商品の魅力が伝わらないんじゃない？」 私は腕を組む。確かに奇抜なアイデアだ。でも、最終的には“買いたい”と思わせなければ意味がない。 「そこがポイントなんです。最後の最後に、キャッチコピーをこうするんです」 田中は再びメモに何かを書き、私に差し出した。 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！