わたし、遥（はるか）。三十歳手前、独身、東京在住。趣味は食べること。いや、正確には「業務スーパーで食材を掘り出すこと」。別に節約が目的ってわけじゃない。ただ、あの店には宝探しみたいな楽しさがあるのだ。 今日も私は、近所の業務スーパーへ向かう。商店街の入り口にある八百屋の前を通ると、店主のおじいさんが「ほら、今日の大根、安いよ」と声をかけてきた。いやいや、わかってる。ここも悪くない。でも、私は業務スーパー派なの。野菜は冷凍が最高なのよ。 自動ドアが開くと、ひんやりとした店内の空気が頬を撫でる。ちょっとした秘密基地に入るような感覚。さっそく冷凍食品コーナーへ直行する。冷凍ブロッコリーと冷凍ほうれん草をカゴに入れた。これが便利すぎてやめられない。洗う手間なし、切る手間なし。好きな分だけ使えて栄養満点。わたしの台所には、いつもこの二つが常備されている。 でも、今日はそれだけじゃない。なんだか胸騒ぎがするのだ。何か、特別なものが見つかる気がする——。 その時だった。 冷凍食品コーナーの片隅に、見たことのない食材があった。 袋には異国の文字が並び、英語で食材名が書かれている。日本語訳はない。手に取ると、ずっしりとした重み。何かの魚？いや、肉か？でもパッケージのデザインが不思議だ。レトロな雰囲気の絵が描かれていて、まるで昔のレシピ本の表紙みたい。 なぜか、妙に惹かれる。 私は、その冷凍食材をカゴに入れた。何かわからないけど、きっと面白いものに違いない。 レジを通り抜け、エコバッグに食材を詰めながら、私はその未知の冷凍食材をじっと見つめた。 名前も知らない食材。 調理法もわからない。 でも、妙に心が躍る。 「ま、なんとかなるでしょう！」 ポジティブさだけが取り柄の私は、そんな風に自分を納得させる。帰宅すると、さっそく台所に食材を並べた。冷凍ブロッコリーと冷凍ほうれん草は、すでに使い慣れた戦友たち。そして、問題の謎食材……。 ビニールの袋を破ると、ふわっと独特の香りが立ち上った。 なんだろう、この匂い……？ 一瞬、どこかで嗅いだことがある気がした。でも思い出せない。 「とりあえず、解凍してみよう！」 ボウルに入れて水につけると、みるみる氷が溶けていく。冷たい水が指先に触れ、ゾクっとした。 そして、全貌が明らかになる。 「え……？」 それは、私の想像を超えたものだった。 解凍されたそれは、まるで異国の遺物のようだった。 表面は薄い膜に覆われており、ところどころに細かい模様が浮かび上がっている。触ると、ほんのり弾力があった。でも、見たことがない。少なくとも、日本のスーパーで売られているような普通の食材ではない。 「え、これ……本当に食べられるの？ 」 思わずスマホを手に取る。カメラを構えてGoogleレンズを起動。パシャッ。数秒後、検索結果が表示された。 『シェフの秘蔵食材："オルガノ・デル・マーレ"』 「……オルガノ・デル・マーレ？」 聞いたこともない名前。でも、なんとなくイタリア語っぽい響き。記事を読み進めると、驚くべきことが書かれていた。 『地中海沿岸の一部地域でのみ採取される希少食材。海藻と貝類の中間のような成分を持ち、古代ローマ時代には"海のオルガン"と呼ばれた。独特の風味と食感が特徴で、長らく門外不出とされてきたが、ごくわずかに輸出されることがある。』 「門外不出……？」 なんでそんな貴重な食材が、業務スーパーの冷凍コーナーに紛れ込んでいたのか？ しかも、価格はたったの398円。 安すぎる。絶対に何かおかしい。 私はふと、袋の端に印字された賞味期限に目を向けた。 『EXP: 12/12/1999』 ……1999年！？ 冷蔵庫のモーター音がやけに大きく聞こえた。部屋の空気が、急に重く感じる。 何かがおかしい。 「いや、まさか……ただの印刷ミスとか？」 自分にそう言い聞かせたけれど、違和感は消えなかった。私はおそるおそる指でつまみ、一切れをまな板の上に置いた。 「……試してみるしかない。」 オリーブオイルを引いたフライパンに、そっと落とす。ジュワッという音とともに、ガーリックの香りが広がった。 その瞬間だった。 「——え？」 （つづく） 全部を載せたいのですが文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！