「はい、カスタマーサポートセンターでございます。タケシがご対応させていただきます」 また来た。耳元で轟く怒号。タケシ(28)は、いつものように額に汗を滲ませながら受話器を握りしめる。 「申し訳ございません...」と言葉を継ぐ声は、震えている。彼の中で、また一つの後悔が積み重なっていく。 窓の外では、いつもの東京の雨。グレーの雲が、高層ビルの谷間を埋め尽くしている。コールセンターの蛍光灯が、タケシの疲れた表情を無慈悲に照らしだす。 「私にはクレーム対応は向いていないんだ...」 休憩室で、タケシは缶コーヒーを手に呟いた。大学では心理学を専攻していたのに、なぜか人の怒りを前にすると、頭が真っ白になってしまう。 きっちりとアイロンの掛かったワイシャツと、几帳面に結ばれたネクタイ。外見は完璧な社会人だ。でも、内側は違う。不安と自己嫌悪の渦が、いつも彼の心を蝕んでいた。 「新しい仲間を紹介します」 📱 ある月曜日、チームリーダーの声が響く。タケシは、目の前に立つ存在に息を呑んだ。 艶やかな黒髪、凛とした佇まい。制服に身を包んだその姿は、まるで高級ブティックのマネキンのよう。だが、その瞳には確かな意志が宿っている。 「ユキです。よろしくお願いします」 右耳の後ろに小さく光るLEDが、彼女がアンドロイドであることを示していた。タケシは思わず、その光を凝視してしまう。 「タケシさん、一緒に頑張りましょう」 ユキの声は、不思議と心地よい。機械的な冷たさはなく、むしろ人間よりも温かみがある。 タケシの心の中で、何かが僅かに揺れた。これは期待？それとも不安？彼自身にも分からない。 「あぁ...よろしく」 返事は上手く出来なかった。でも、ユキは優しく微笑んだ。その笑顔に、タケシは少しだけ救われた気がした。 窓の外で、雨が止んでいた。薄日が差し込み、オフィスに淡い光のグラデーションを作る。 新しい物語は、こうして始まった。人間とアンドロイドの、予期せぬ出会いが、やがて二人を思いもよらない場所へと導いていく―。 「こちらでご確認させていただきますので、少々お待ちください」 タケシの隣で、ユキが電話対応をしている。その姿は、まるでベテランのオペレーターのようだ。 「何度同じことを言わせるんですか！」 怒号が受話器から漏れ聞こえてくる。タケシは思わず身を縮めそうになった。しかし、ユキは微動だにしない。 「お客様のお気持ち、よく分かります。このようなご不便をおかけして、大変申し訳ございません」 的確な言葉選び。完璧なタイミング。ユキの対応は、まるで教科書のような美しさだった。 「でも、アンドロイドだから出来るんだよな...」 タケシは密かに考える。人間の感情に振り回されない。論理的に考えられる。そんなユキが、少し羨ましかった。 「タケシさん、お客様の怒りの裏には、必ず理由があります」 休憩時間、ユキが突然話しかけてきた。タケシは、コーヒーを飲みかけて咳き込んだ。 「理由...ですか？」 「はい。例えば先ほどのお客様。請求書の金額が合わないとおっしゃっていました。でも、本当の怒りの原因は別のところにあったんです」 ユキの瞳が、わずかに輝きを増す。 「お客様は、先月から一人暮らしを始めたご高齢の方でした。慣れない手続きに不安を感じていて、それが怒りとなって表れていたんです」 タケシは驚いた。確かに、怒鳴り声の中に、かすかな寂しさや不安が混ざっていたような...。 「私たちの仕事は、数字を合わせることじゃありません。お客様の心に寄り添うことなんです」 ユキの言葉は、春風のように優しく、でも芯が通っていた。 「でも、僕には...」 タケシが言いよどむと、ユキは静かに首を振った。 「人の心を理解できるのは、人間だけです。私にできるのは、データを分析して、最適な応答を選ぶこと。でも、本当の共感は...」 その時、電話が鳴った。 「はい、カスタマーサポートセンターでございます」 タケシは受話器を取る。今回は、少し違う気持ちで。 怒りの裏側にある、本当の感情を探してみよう。そう思った瞬間、不思議と心が落ち着いていた。 横目で見ると、ユキがさり気なく微笑んでいた。LEDの青い光が、優しく瞬いている。 「商品の不具合について、重ねてご迷惑をおかけし、申し訳ございません」 タケシの声が、いつもより少し強く、確かに響く。 （つづく） 文字数に制限があるため、続きが気になる方は私のブログ「MochiMermaid’s AI Art Adventures」をご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！