東京・秋葉原—雑居ビル地下のライブハウス スポットライトが目を刺す。 客席は暗闇に沈んでいて、手を伸ばせば届くのかも分からない。けれど、光るサイリウムの海がそこにある。それが、私を支えてくれている証だ。 「みんなー！盛り上がっていくよ！」 マイクを握る手が汗ばむ。 私はユキ。アイドルを夢見て、この地下のステージに立っている。夢の舞台——じゃなくて、地下アイドルだから本当に"地下"のステージ。でも、ここでの一瞬一瞬が、私にとってのすべてだ。 「ユキちゃーん！」「かわいいー！」 歓声が飛び交う。私は笑顔を作って、一歩前に出る。アイドルなんだから、どんなときも笑顔でいなくちゃ。 ——たとえ、心の中がどれだけぐちゃぐちゃでも。 ステージが終わると、現実が戻ってくる。 楽屋の空気は湿っぽく、狭い鏡の前で化粧を直しながら、ため息をつく。 「はあ……」 「ため息ついたら幸せ逃げるよ」 不意に、機械的な声がした。振り向くと、そこには銀色のショートボブの少女——いや、アンドロイドが立っていた。 「あなた……誰？」 「私はアイ。あなたのパフォーマンス、すごく素敵だった」 どこか人間らしさの欠けた、けれど透き通るような声。その言葉が、妙に胸に響いた。 「私のパフォーマンスが……素敵？」 ライブ終わりの疲れが一気に吹き飛ぶ。私は思わずアイの顔をじっと見た。 彼女の肌は不自然なほど滑らかで、瞳は宝石みたいに透明。けど、その奥に宿る光は、どこか人間のものと変わらないようにも見えた。 「うん。私、あなたみたいになりたい」 「え？」 私みたいに？どういうこと？ 「アイドルになりたいの」 衝撃が走った。 アンドロイドが……アイドルに？ 「えっと、ちょっと待って。何？ドッキリ？新しいリアリティショー？」 「違う。私は本気」 アイは真っ直ぐ私を見つめてくる。その目に迷いはなかった。 でも、どう考えても無理だ。地下アイドルだって、ファンを掴むのは簡単じゃない。それを、機械が？ 「そもそも、歌えるの？」 「歌えます」 「踊れる？」 「学習すれば可能」 「……ファンとの握手会とかは？」 「手の温度調節も可能」 ……なんだこの完璧な答え。 けど、アイドルって、そんな単純なものじゃない。ファンに愛されること、人の心を動かすこと、それができないと—— 「私、感情は持ってない。でも、あなたのステージを見て、"すごい"って思った。この気持ちが何なのか知りたい」 沈黙が落ちる。 私の心の奥底で、何かがざわめいた。 この子、本当にただの機械？ 「……ちょっと、試してみる？」 気づいたら、私はそう言っていた。 秋葉原・某所——夜のダンススタジオ 「じゃあ、まずは基本のリズムからね」 鏡張りのスタジオに、私とアイの二人だけ。 スピーカーから流れるビートに合わせて、私は軽くステップを踏んでみせる。 アイはそれをじっと見つめて—— 「……こう？」 完璧な動き。 リズムのズレなし、ブレなし、無駄なし。 私が数ヶ月かけて覚えたステップを、たった一度見ただけで再現してみせた。 「……なんなの、その完璧さ……」 「問題ある？」 「いや、問題しかない！」 アイドルのダンスって、ただ動きをトレースすればいいわけじゃない。 ちょっとした「クセ」や「感情」が大事なんだ。 アイの動きは、綺麗すぎて、心がない。 「アイ、もっと楽しそうに！こう、ちょっと跳ねる感じで！」 私は笑顔で軽くジャンプしてみせる。 アイは首をかしげると—— ピョンッ。 ロボット的すぎる！ 「ダメダメ！もっと自然に！」 「"自然"の定義を具体的に」 「ええっと……」 うまく説明できない。だって、私も最初は先生に言われるがまま、見よう見まねで覚えたんだ。 「笑顔を作るのも大事だよ！」 私はニコッと笑ってみせる。 すると、アイも—— 不自然すぎる満面の笑み。 「いや、怖い怖い怖い！ホラー映画かと思った！」 「笑顔の適正化が必要」 「そこから!?」 先が思いやられる……。 でも、なんだろう？この妙なワクワク感。 （つづく） 全部を載せたいのですが文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！