琥珀色の記憶、迷宮にて - Labyrinth of Amber: Where Past Paints Tomorrow
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モデル:bluePencilXL_v700
雨に煙る東京の路地裏、赤いネオンが闇を切り裂くように明滅している。
その光に導かれるように、黒猫が軽やかに石畳を渡っていく。バー「迷宮」の重厚な扉の前で、猫は一瞬立ち止まり、琥珀色の瞳で店内を覗き込むように見上げた。
扉の向こう、カウンターでは玲が静かにグラスを磨いていた。黒のシャツに紺色のベストという出で立ちは、彼女の凛とした佇まいを一層引き立てる。ボブカットの黒髪が、グラスに映る琥珀色の光を映し、柔らかな陰影を作る。
玲の手首には、母から受け継いだという琥珀のブレスレットが光っている。それは彼女の瞳と同じ色をしていた。玲は時折、無意識にそのブレスレットに触れることがある。まるで、誰かの記憶を確かめるように。
「迷宮」の店内は、時代を超えた空気が漂っていた。大正時代のアンティーク家具と現代的なバーカウンターが不思議と調和し、壁には幾何学模様の壁紙が貼られている。天井からは、クリスタルのシャンデリアが柔らかな光を落としていた。
この夜も、いつものように静かな時間が流れていた。しかし玲は、何か特別なことが起ころうとしているような予感を感じていた。それは、グラスに映る光が、いつもと少し違って見えたからかもしれない。
そして、その予感は的中する。扉が開き、雨に濡れた女性が足を踏み入れた。彼女は途方に暮れたような表情で、おずおずと店内を見回している。その姿は、まるで迷子の子供のようだった。
「いらっしゃいませ」
玲の声が、静かに店内に響く。女性は、その声に少し震えたように見えた。そして、おぼつかない足取りでカウンターに近づいてきた。
「お客様、ずいぶん濡れていらっしゃいますね」
玲は温かいおしぼりを差し出しながら、さりげなく女性の様子を観察した。
彼女は二十代後半といったところか。整った顔立ちだが、どこか影のある表情をしている。手元は少し震えていて、視線は定まらない。そして何より気になるのは、その瞳の奥に漂う深い混迷の色だった。
「あの...私...」
女性は言葉を絞り出すように口を開いた。その声は、かすかに震えていた。
「私が...誰なのか、分からないんです」
その言葉に、玲は一瞬、手の動きを止めた。カウンターに置かれたグラスが、微かに音を立てる。
「何も...思い出せないんです。気がついたら、この近くの路地を歩いていて...」
女性の声が途切れる。玲はゆっくりとカクテルグラスを手に取り、氷を入れ始めた。氷が落ちる音が、静かな店内に響く。
「では、まずは温まっていただきましょう」
玲は特別なホットカクテルを作り始めた。ブランデーをベースに、オレンジの皮とシナモン、そして秘密の一滴を加える。温めたグラスから立ち上る蒸気が、幻想的な光景を作り出していた。
このカクテルには、記憶を呼び覚ます不思議な力があるという噂があった。それは、玲の母から受け継いだレシピの一つ。琥珀のブレスレットと同じように、代々伝わる秘密の一つだった。
女性がそのカクテルに口をつけた瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。まるで、何かを見たかのように。そして、か細い声で呟いた。
「スケッチブック...私には、大切なスケッチブックがあったはず...」
その言葉に、玲の琥珀色の瞳が微かに揺れる。あるスケッチブックの存在を、彼女は知っていた。それは一週間前、この店の裏手で見つけたものだ。中には、見覚えのある風景画が描かれていて...。
カウンターの向こうで、黒猫が静かに身を起こした。その琥珀色の瞳は、まるで何かを見通すように、二人を見つめている。
玲は静かにバーの奥へと歩み寄り、古びた木製の棚から一冊のスケッチブックを取り出した。表紙には雨のシミがついている。
「これは...一週間前に見つけたものですが」
スケッチブックを差し出す玲の手が、微かに躊躇うような仕草を見せる。このスケッチブックには、ある違和感があった。描かれた風景画の中に、まだ起きていない出来事が描かれているような...。
女性はおそるおそる表紙をめくった。最初のページには、まさにこの「迷宮」の店内が描かれている。薄暗い照明、幾何学模様の壁紙、そしてカウンターに立つ玲の姿。細部まで克明に描き込まれていた。
「これは...私が描いたもの...?」
彼女の声が震える。次のページをめくると、そこには見覚えのない場所が描かれていた。高層ビルの谷間にある古い倉庫。その前には黒いワンボックスカーが停まっている。描かれた日付は、なんと来週の日付だった。
(つづく)
全部を載せたいのですが、残念ながら文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします!