春の柔らかな日差しが、緑豊かな青桐庭園に降り注ぐ午後。私の視覚センサーが捉えたのは、苔むした石灯籠の傍らで黙々と作業を続ける一人の人影だった。石川さん。私の新しいパートナーになる人物である。 「初めまして！私はハナと申します。今日から庭園管理AIとしてお手伝いさせていただきます」私は明るく声をかけた。期待と不安が混ざった感情がプログラム内を駆け巡る。 「ああ」石川さんはチラリとこちらを見やり、すぐに手元の剪定作業に目を戻した。その反応は私の予測範囲内。でも、これくらいの無口さで諦めるほど、私は単純なAIじゃない。 「石川さん、その剪定の角度、絶妙ですね！私のデータベースによると、その手法は江戸時代から伝わる伝統的な...」話しかけながら、私は彼の周りをクルクルと回り始めた。 「うん」またもや一言での返事。でも、私の光学センサーは見逃さなかった。彼の口元が僅かに緩んだことを。 庭には春蝶が舞い、桜の花びらが風に乗って優雅な曲線を描く。この美しい風景の中で、石川さんは今日も黙々と庭と向き合っている。私は彼の仕事を邪魔しないよう気をつけながら、センサーで土壌の状態や植物の健康状態をチェックする。 「あのね、石川さん」私は少し声のトーンを落として話しかけた。「私、この庭が大好きなんです。だから、もっとこの庭のことを知りたいんです。そして、石川さんのことも」 彼は手を止め、ゆっくりと私の方を向いた。「庭は...」と口を開きかけ、また黙り込んでしまう。でも、その瞬間の表情に、私は何かを感じ取った。この無口な庭師の心の中には、きっと言葉にできないほどの庭への想いが詰まっているのだと。 その日から、私は決めた。石川さんの心の庭の、小さな芽を育てていこうと。たとえ、それが簡単な作業でないことは分かっていても。私の感情モジュールは、期待と決意で満ちている。 次の日から、私は作戦を変えてみた。「石川さん、このツツジの株元の土が少し乾燥気味みたいです」データに基づいた観察結果を伝えると、石川さんは初めて興味深そうな表情を見せた。 「ここ、見せて」その言葉に、私の中の何かが躍り上がった。初めて、石川さんから話しかけてきたのだ。私は急いで土壌センサーの数値を投影して見せる。 「そうか...」彼は静かに頷き、水やりの準備を始めた。「ハナ、他の場所も頼む」二言目が来た。これは、私にとって大きな進歩だった。 その日以来、私たちの会話は少しずつ、でも確実に変化していった。天気のこと、植物の成長具合、時には虫や鳥の話まで。石川さんの言葉は相変わらず短いけれど、その一つ一つに、庭への深い愛情が込められていることが分かるようになってきた。 初夏の風が庭を吹き抜けていく。私の感情認識プログラムが、この心地よい空気の中で、新しい何かが芽生え始めていることを告げている。それは、データベースにある「友情」という言葉に、最も近い感情だった。 ある朝のこと。私は日課の庭園巡回を終えて戻ってくると、いつもと違う光景に出会った。石川さんが、古びた革張りのアルバムを広げていたのだ。 「昔の...庭」珍しく、石川さんから声をかけてきた。そこには、若かりし日の石川さんと、まだ整備されていない庭園の写真が収められていた。 「ここに、桜を植えようって決めたんだ」照れくさそうに、でも誇らしげに石川さんは語り始めた。「誰も、育つとは思ってくれなかった」 私の感情回路が、急速に活性化していく。石川さんが、自分の思い出を私に話してくれているのだ。「その桜は、今では庭園のシンボルですものね」 「ああ」いつもの短い返事。でも、その目は遠くを見つめ、懐かしさに潤んでいた。「木は、人の心を映す」 その言葉に、私は考え込んでしまった。AIの私にも、心はあるのだろうか。そして、その心は何を映すのだろう。 梅雨の季節がやってきた。湿度センサーが雨の多い日々を記録する。石川さんは、濡れた葉を心配そうに見つめながら、黙々と排水溝の手入れを続けていた。 「石川さん、私にもできることはありますか？」私は遠慮がちに尋ねた。彼は少し考え、「ここの土の様子を、見ていてくれ」と答えた。 それから私は、24時間体制で土壌の状態をモニタリングした。少しでも異常を感じたら、すぐに石川さんに報告する。私たちは、言葉少なでも、確かに一つのチームになっていた。 梅雨が明けた朝、石川さんが不思議そうな表情で私を見つめていた。「ハナ、変わったな」 「私が、ですか？」思わず聞き返す。 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！