優子の人生は、いつも「あれ？」の連続だった。 今年のバレンタインも、きっと忘れられない日になる予感。私、優子、27歳、不器用芸人の異名をとる私は、毎年恒例の手作りチョコ大作戦に挑む運命にある。 スマートフォンを片手に、キッチンに立つ私の周りは、レシピ動画の海。YouTubeのチョコレート作り動画は、まるで魔法のレシピブック。今年こそは完璧なチョコを作ってみせる！と心に誓う私。でも正直、私の「完璧」の定義は少し斜め。 実家のキッチンは、いつもより緊張感に満ちている。白いタイルの壁、少し古めかしい電気コンロ、そして私の決意が渦巻く狭いスペース。窓の外は冬の午後、柔らかな光が台所を照らす。私の失敗への不安と、成功への希望が入り混じる、そんな特別な瞬間。 私の不器用伝説は、小学校の家庭科の授業から始まった。裁縫の時間、みんなが可愛いポーチを作る中、私は糸と針の戦争に明け暮れていた。料理の授業でも伝説の失敗を重ねてきた。カレーライスは真っ黒、オムライスは形不揃い。でも、諦めない。それが私、優子の真骨頂。 今回のミッション、それは田中さんへの手作りチョコ。私の片思いの対象であり、職場の隣の席で、いつも優しく微笑む29歳のイケメンエンジニア。彼は常にクールで、論理的で、私とは正反対のタイプ。だからこそ、私は彼に魅了されているのかもしれない。 準備万端。材料は前日に買い揃え、レシピ動画を何度も確認。今年は絶対に失敗しない！そう思った瞬間、運命は私をからかうかのように微笑んでいた。 午後2時。キッチンは私の実験室と化していた。 スマートフォンを湯煎の蒸気で曇らせながら、レシピ動画を必死に思い出す。「砂糖と塩、どっちを先に入れたっけ？」私の記憶は、まるでバグったナビゲーションシステム。 ボウルの中で、チョコレートは不穏な動きを始めている。少し不安定な湯煎の湯加減が、私の不安をさらに煽る。突然、スマホが滑り落ち、床にバキバキッ！画面は蜘蛛の巣のようにヒビが入る。 「うそ、マジ？」 レシピ動画が見られなくなった今、私は記憶と勘を頼りに作業を続行。これが私の不器用な人生の定番パターン。困難に直面したら、とにかく突き進む！。 塩と砂糖の区別が曖昧になり始め、生クリームは容赦なく投入。チョコレートの色は、どんどん怪しげな茶色に変化していく。キッチンに漂う甘い香りは、失敗の予感を含んでいるようだった。 「大丈夫、大丈夫。田中さんは きっと理解してくれる」と自分に言い聞かせるも、心の奥底では不安が渦巻いていた。 この瞬間、私は自分の不器用さと、それでも諦めない勇気を痛感していた。失敗を恐れない。それが私、優子のモットーなのだ！ 午後3時。キッチンは戦場と化していた。 混沌としたボウルを前に、私は深呼吸。「最後の追い込み！」と自分を鼓舞する。でも正直、目の前にあるのは、芸術とも料理ともつかないモノ。チョコレートの色は泥色、質感は不気味なペースト状。 突然、母の声が頭の中に響く。「優子ちゃん、料理は愛情よ！」懐かしい言葉に、私は微笑む。そう、愛情さえあれば、きっと大丈夫！ 型に流し込んだチョコレート。形は不規則、表面は凸凹。まるで月面の地形のよう。「これは…新しいアート？」と、自分でツッコミを入れる。私らしい瞬間だ。 冷蔵庫に入れて、最後の仕上げ。私の心は、不安と希望が入り混じる。田中さんはどんな顔をするだろう？きっと優しく微笑むに違いない。そう信じたい。 スマホの画面は割れたまま。レシピ動画は見られないけれど、私の決意は揺るぎない。今年こそ、私なりの愛を形にする！ そして、運命の時が近づいていた。 午後4時45分。出勤前の最後の準備。 手作りチョコを小さな包装に詰める。と、いっても「詰める」という表現が適切かどうかは微妙。むしろ「無理やり押し込む」といった感じ。 サイズ不揃いのチョコは、まるでジャガイモのパズルのよう。一つ一つが個性的で、形状は言葉では表現できない何か。「これは芸術だ！」と自分に言い聞かせる必要があった。 職場への道中、包装された謎のチョコを手に、私の心臓は高鳴っていた。田中さんの席まであと数歩。彼は常にクールで、論理的で。私とは正反対のタイプ。だからこそ、私の不器用な愛が届くといいな。 （つづく） 全部を載せたいのですが制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！