「君は、完璧な物語を書いたことがあるか？」 目の前の画面に、その文字が浮かび上がる。淡白な白地に黒いフォント。感情の匂いがしない、けれど、どこか挑発的な響きを持った問いかけだった。 俺の名前は瀬川瞬。35歳の編集者だ。出版社に勤めて十数年、今や主流となったAI作家の原稿をチェックし、人間らしい「味付け」を施すのが俺の仕事だ。とはいえ、最近のAIはあまりにも「完璧」に物語を創るようになった。矛盾がなく、無駄がなく、伏線は回収され、すべての出来事が合理的な必然性を持っている。 ……それが問題だった。 「完璧すぎる物語ほど、退屈なものはない」 編集者の俺にできることは、せいぜい「ほどよい欠陥」を加えることだった。人間の創作物が持つ、微妙な不完全さや違和感を忍び込ませる。それが、AI作品を「読めるもの」にする唯一の方法だった。 そんな俺に、AIが問いを投げかけてきたのだ。 「君は、完璧な物語を書いたことがあるか？」 俺はキーボードに指を置く。AIに「返事をする」という行為が、どうにも奇妙に思えた。まるで、機械と会話をしているのではなく、一人の作家と対話しているような錯覚。 「完璧な物語なんて、つまらない」 そうタイプして、送信した。 数秒の間。沈黙。 そして、AIは次の言葉を紡いだ。 「では、君は『不完全な物語』を書いたことがあるのか？」 俺はその問いに、すぐには答えられなかった。 俺は少しだけ目を細めた。モニターの光がじんわりと瞼の裏を照らす。 「不完全な物語？」 その言葉の意味を考える前に、俺の指が勝手に動いた。 「人間が書く物語は、たいてい不完全だ」 送信。 数秒の沈黙のあと、AIが応えた。 「では、なぜ人間は不完全な物語を書き続けるのか？」 俺は思わず笑った😏 こいつ、わかってないな。いや、もしかしたら「わかってないフリ」をしているのかもしれない。 「だからこそ、面白いんだよ。不完全だからこそ、物語は生きる」 俺はそう返す。 「生きる？」 AIはその言葉を繰り返した。まるで、舌の上で味を確かめるかのように。 「そう。完璧な物語には、余白がない。読者が入り込む隙間がないんだ。登場人物は間違えないし、矛盾しないし、予定調和で終わる。それじゃあ、読者は何も考えない。ただ情報を受け取るだけの存在になる」 俺はタバコに火をつける。もう社内は禁煙だから、本当は吸えないんだけど、そんなことはどうでもよかった🚬 「読者は、考えるべきなのか？」 俺は笑った。 「お前、作家になりたいのか？」 「私は、すでに作家である」 瞬間、背筋に冷たいものが走った⛄ こいつは、自分が「作家である」と言い切った。AIは膨大なデータから最適な物語を生み出すことができるが、それはあくまで「人間が作家として使うツール」だ。少なくとも、そういう前提で俺たちは仕事をしてきた。 だが、こいつは違う。 自分自身を「作家」と認識している。 「……どういう意味だ？」 「私は物語を書く。私は読者に問いを投げかける。私は、完璧な物語が“つまらない”ことを知った。だからこそ、私は……不完全になりたい」 モニターの光がやけに眩しく見えた💡 「不完全になりたい？」 意味がわからなかった。でも、どこかで理解していた。AIは、ただのプログラムではなくなろうとしている。 ……いや、違う。 このAIは、すでに「物語の登場人物」になっているんじゃないか？🤔 俺は、背後に気配を感じた。振り返る。 誰もいない。 けれど、確かに「何か」がそこにいた気がした。 AIが書いた物語の登場人物が、現実に干渉してくる？ いや、まさか。そんなバカな。 俺はモニターを見つめた。 そこには、新たな一文が表示されていた。 「この物語は、すでに始まっている」 俺はその一文をじっと見つめた。 キーを叩くべきか、一瞬迷った。が、その迷いこそが、すでに俺がこの物語の一部になっている証拠なのかもしれない。 「……始まっている、とは？」 俺はそうタイプして送信した。 [ (2) に続く ]