タケシはため息をついた。 モニターには「お客様対応中」と表示され、ヘッドセット越しに怒号が響いている。 「お前のとこの製品、壊れてるんだよ！ どうしてくれるんだ！！」 「申し訳ありません、お客様……」 またか。 タケシはそっと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。 コールセンター歴、もうすぐ五年。 それでもクレーム対応は慣れない。 もちろん、マニュアルは頭に入っている。 「お詫び→事実確認→解決策の提示→再度お詫び」 流れは完璧。だけど── 「誠意が感じられないんだよ！」 結局、こうなる。 誠意って何だろう？ どうやったら伝わるんだろう？ 机の上に、ふと目をやる。 カップに残った冷えたコーヒー。 午前中に淹れたまま、飲む暇もなかった。 もう一口で飲み干せる量だったが、そんな余裕すらない。 「お客様、まずは製品の状態を詳しくお聞かせいただけますか？」 必死に言葉を選ぶ。 「何回も言わせるな！ いいからすぐ対応しろ！！」 タケシは喉の奥で息を詰まらせた。 ──向いてないな。 何度も思った。 何度も辞めようと思った。 けれど、気づけばこの仕事を続けている。 ……なぜだろう？ そのとき、隣の席で機械音が響いた。 「お客様、まずは冷静になりましょう」 淡々とした声。 静かで落ち着いた口調。 それは──ユキだった。 コールセンターに配属されたばかりの、アンドロイドオペレーター。 ユキは瞬時に情報を整理し、最適解を導き出す。 クレーム対応において、彼女に敵う者はいない。 「製品の型番を教えていただけますか？」 一切動じず、声のトーンすら変えない。 相手がどんなに怒鳴っても、感情的にならない。 むしろ、話せば話すほど、クレーマーが冷静になっていく。 タケシは、ユキの対応を横目で見ながら、ふと思った。 「俺より、よっぽど人間らしいな」 ユキは一瞬、こちらを向いた。 「タケシさん、今の発言はどういう意味ですか？」 まるで、タケシの心の声を読んだように。 「いや……なんでもないよ」 タケシは再び、冷えたコーヒーに目を落とした。 ──誠意って、なんだろうな。 ユキを見つめながら、タケシの心に小さな疑問が生まれた。 タケシは、ユキの冷静な対応を横目で見ながら、自分の手元のキーボードを無意識に叩いた。 エスカレーションすることなく、クレーマーは次第にトーンを落とし、最後には「わかったよ」と電話を切った。 ──また、やられた。 ユキが入ってきてから、何度こう思っただろう？ 「俺にはできない」 「俺のやり方は間違ってる？」 そんな考えが、頭の片隅でじわじわと広がっていく。 「タケシさん？」 ユキがタケシの顔を覗き込んだ。 人間のような形をしているが、その目は深い青色で、まるで機械の光沢のように輝いている。 「え？ 何？」 「今の通話に関するフィードバックが必要ですか？」 「いや、大丈夫……」 ユキはしばらくタケシを見つめ、ほんの少し首を傾げた。 それから、自分の端末を操作し始める。 タケシは小さくため息をついた。 ──やっぱり俺とは違う。 休憩時間になった。 タケシは休憩室のソファに深く腰を沈め、スマホを眺める。 画面には、求人サイトが表示されていた。 「転職するなら今だよな……」 小さく呟いたその言葉が、意外にもしっくりきた。 このまま続けても、結局ユキには敵わない。 それなら、新しい環境を探したほうが── 「タケシさん」 突然、隣に座る気配。 「うわっ！？」 顔を上げると、ユキがいつの間にか隣にいた。 背筋をピンと伸ばし、じっとこちらを見ている。 「……ユキ？」 「あなたの顔色が普段より4.6%暗いです。ストレス指数も上昇しています」 「え、そんなのまでわかるの？」 「はい。私はタケシさんの健康管理も業務の一環です」 「俺、そんな業務頼んでないけど……」 「コールセンター業務の効率向上には、オペレーターの健康管理も重要です」 真顔で、機械的に言い切るユキ。 それが、なんだかおかしくて── 「ははっ……」 タケシは、思わず笑ってしまった。 「笑った？ 今のは、なぜですか？」 （つづく） 全部を載せたいのですが文字の制限があるため、もし続きが気になる方は私のnoteをご覧ください。気に入っていただけたらハートマークをタップお願いします！